真実
さて、自国の天変地異について調べると決めた私だが、一つだけ心当たりがあった。この辺りの歴史について学んだとき、以前この地にあった王国が滅亡する直前にも天変地異が起こったという記録を読んだことがある。
しかしアドラント王国建国当初に天変地異に悩まされていたという話は聞いたことがない。てっきり歴史書の脚色か何かかと思っていたが、もしかすると重要な意味、例えば何か魔法的な条件が絡んでいるというようなことがあるのかもしれない。
そう考えた私は、翌朝早速アマーリエの元に赴いた。この城の書物の事情について詳しい知り合いが他にいないからだ。
アマーリエは昨日の会話、そしてその後私が殿下と話していたことから薄々何かを予感していたらしく、私の来訪にそこまで驚かなかった。私は自国の災害について調べたいという旨を伝える。
「……そうですか、分かりました」
私が事情を説明するとアマーリエは少し含みのある表情で頷く。
もし私が一介の民であれば生まれた国で災害が起こっていても、歴史書を調べようなどと思わないだろう。せいぜい支援のためにお金や食糧を送るぐらいではないか。
これまでのいきさつも合わせて、彼女は私の身元に何かがあることを察して、それでもあえて追及しないでくれているのかもしれない。
「という訳でこの城にある古い歴史書を読みたいのです」
「分かりましたわ。でしたら書庫に案内いたします」
そう言ってアマーリエは城の中央へ向かうと、地下へと向かう階段を下りていく。地下はひんやりとしていたが、書庫があるためか、からっとしていた。暗かったが、アマーリエは殿下が開発した魔法のランタンに灯りをともす。
地下の部屋に入っていくと中には迷路のような書架が続いている。たくさんの本を所蔵するためか、書架同士の間隔は狭くて歩きづらい。しかしアマーリエはよく来ているのだろう、迷うことなく歩いていく。
そしてそのうちの一角でアマーリエは足を止める。
「歴史書は大体この辺りにありますわ。ただ、やはりこの国に関係するものが多いのでアドラント王国のことが分かるかは何とも言えませんが」
「いえ、ありがとうございます。何とか調べてみます」
「では健闘をお祈りいたしますわ」
アマーリエが去っていくと、私は薄暗い書庫の片隅で書物をめくり始めた。関係すると思われる書物をぱらぱらとめくり、気になったページに紙を挟むか、文章を書き写していく。
最初は書庫の外の文机まで何冊かずつ運んでいたが、大部分は参考にならないものばかりで往復回数が増えたので、やがて私は書架の前で立ったまま薄暗い灯りを頼りに読書する方針に切り替えた。
大部分の歴史書には先代王国の末期に起こった災害がいくつか書かれているだけで原因や対処法についてまでは言及されていなかった。中には「王の暴政に天地が怒った」という記述もあったが。
ただ、起こった具体的な出来事を照らし合わせていくとほとんどのものが一致するため、実際にそれらの災害が起こったのは確かなようだった。
というのも、古代の歴史書は暴政を行った王が国を亡ぼすとお決まりのように「噴火」「洪水」「旱魃」「地震」などの天変地異がつけたされるので(天地が怒るほどその王国が酷かったことを表したいのだろう)、脚色の可能性があったためである。事実と分かった私はより詳細な記述を求めて読書を続けた。
そんな中、私は気になる記述を見つけた。
とある書物によると先代王国の王は闇の精霊と契約し、元々周辺にいた精霊たちを追い出したため王国から精霊の加護が失われたのだという。作り話のようにも思えたが、「偶然天変地異が続出した」という説明よりは納得できるかもしれない。
「でもあのバカ王子に闇の精霊と契約するなんて芸当は出来るだろうか?」
私は首をかしげる。そもそも闇の精霊と契約するほど精霊に詳しければ私が言っていることが嘘ではないと分かるはずだ。闇の精霊などという記述は他の本では全然見かけなかったし、眉唾ものではないかと思ったところでふと気づく。精霊のことは精霊に訊けばいいのだと。
「あなたたち、闇の精霊って知っている?」
地水火風の四精霊はどの属性も周辺にないため精霊たちは皆小ぢんまりとした姿になっていたが、私の言葉を聞くと一斉に頷く。
「闇の精霊って今王国にいるの?」
(うん。おそらく女と一緒にいる)
ノームが答える。精霊は私たち人間の顔を識別出来ないらしい。
しかし歴史書の記述によるとその闇精霊が王をそそのかして他の精霊たちを追い出したという。
そこで私はさらに思い当たる。その話はそのまま今の構図に当てはまるのではないか、と。追い出されたのは精霊ではなく私だけど、闇精霊が王国にいて、精霊が国を出て、災害が起こる。この流れは一致している。
「もしかして二百年前に闇精霊に追い出されたのってあなたたち?」
(いつなのかは知らないけど、確かに闇精霊には追い出された)
永遠の時を生きる(?)精霊には時間の概念もないらしいので、漠然とした答えになる。
「あなたたち以外に王国に精霊っているの?」
(いるけど、私たちに比べるとかなり小さい)
「……ということは、あなたたちがいなくなったせいで王国では噴火とか地震が起こっているの?」
正直私は精霊たちが否定してくれることを願っていた。もしもこのことが事実であれば、災害が起こっているのは私が何も考えずに精霊たちを連れて王国を出てしまったからということになる。そう考えると血の気が引いた。
が、悪い予感は当たった。
(そうかもしれない。元々あの地は人が住むのに向かない地だった)
精霊たちは頷いた。
それを聞いて私は愕然とする。まさか私が懸命に解決しようとしている問題の発端が私だったなんて。私のせいで大勢の国民が災害による被害を受けているということだ。大体、いくら精霊についての知識が国にないからといって、考えなしに精霊と一緒に国を出たのは軽率過ぎではなかったか。
「私のせいで……私のせいで、アドラント王国は災害に襲われているの?」
思わず私は口に出してしまう。
別に精霊たちに問いかけた訳ではなかったが、シルフから答えが返ってくる。
(それは違う。私たちは対話出来る者たちがいればその者についていく。なぜなら私たちは孤独だから。そしてそれを知って闇の契約者はあなたを追い出した)
予想と少し違う答えが返ってきて、私は驚く。しかしそう考えると全ての辻褄が合う。
ていうことは……
「もしかして闇の精霊と契約しているのはアイリス?」
私の問いに精霊たちは首をかしげる。
アイリスと言っても分からないのだった。
「ごめん、殿下の隣にいた女?」
精霊たちもぎりぎり王子だけは識別しているので、そう聞いてみる。
すると四人の精霊たちは一斉に頷いた。
「闇の精霊っていうのはどのような存在なの?」
(人々の負の感情をよりどころにして力を得る存在)
その答えを聞いて私の中で全てが繋がった。
アイリスは経緯は不明ながら闇の精霊と契約した。もしかしたら王子を誘惑したのも闇の精霊に魔力を借りて魅了の魔法を使ったのかもしれない。闇の精霊は私を追い出せば他の精霊たちもついていくと分かっていたのだろう、アイリスを指示して私が追い出されるように仕向けさせた。
思い出してみれば、婚約破棄を言い渡すときも王子はアイリスの言うことを聞いていたような気がする。
四精霊がいなくなれば王国は災害に見舞われ、人々は不幸に見舞われる。後はアイリスが王子を適当に誘惑して悪政を敷かせれば負の感情は瞬く間に蓄積していくだろう。
それに気づいた私は血の気が引いた。これらのことが全て作為的に引き起こされているのであれば、より悪い方向に向かっているということになる。
何とかする方法はないだろうか。そう思った私は精霊に尋ねる。
「ところで、あなたたちなら闇の精霊に勝つことは出来る?」
(精霊同士で戦っても決着は着かない。精霊に命はないから)
確かに精霊同士が喧嘩して火の精霊が死に、この世から火がなくなりましたなんてなったら困る。
(でも力をもらう者さえいなければ闇の精霊も大したことは出来ない)
言われてみれば、この四精霊も自然に対する加護を及ぼすだけで、直接的に何かをすることは今までなかった。魔法は全て私が魔力をもらって使うだけだった。
そして精霊とコミュニケーションがとれる人物はそうそういない。ということは私が戻ってアイリスさえ何とかすれば、闇の精霊も大したことは出来なくなるはずだ。
「アイリスを倒すのに力を貸してくれる?」
(もちろん、闇の精霊は私たちにとっても敵なのだから)
精霊たちは次々に頷き返してくれた。それを見て私も決意を固めた。
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