答え

「シルア殿、私はそなたのような女性と生涯を共にしたい」


 殿下の求婚を受けた私は嬉しかった。言葉で表すのは難しいけど、あえて言うなら頭が真っ白になって胸の奥がぶわっと熱くなり喜びのあまり叫びだしたい衝動に駆られるほどだった。


 これまでどれだけおいしい物を食べた時も。

 これまでどれだけ美しい絵画を見た時も。

 これまでどれだけ自分を褒められた時も。


 今より嬉しい気持ちになったことはなかったと思う。


 ただ、喜びが大きければ大きいほど、心の中に引っ掛かるのは自国のことであった。

 地震、噴火、伯爵の暗躍。

 アマーリエから聞いたことが頭からこびりついて離れない。自国で色々と良くないことが起こっているというのにそれを見ないようにして自分だけ意中の人と愛を誓って幸せになることは出来ない。


 もちろん国で起こっている問題が私が戻るだけで解決できることなのかは分からない。というか、普通に考えて無理だろう。だったらどうにもならないことなんて放っておいていいんじゃない、と私の中の悪魔がささやく。

 何よりこんな機会は二度と来ないかもしれない。クリストフには出ていけと言われたし、父上も領地で大人しくしていろと言ってくれた。私がここで頑張らなくても誰も責めることはないだろう。むしろ経緯はともかく隣国の王子との婚約を手にしたと言ったら感謝さえされるかもしれない。


 でも政治については病の陛下をウンディーネの力で癒すことが出来れば解決できるかもしれない。噴火や地震についてもこれまで全く気付いていなかった精霊の力を使えば何かが出来るかもしれない。

 そう思うとやはり私はいても立ってもいられなかった。今すぐ国に戻ってそれを試したかった。


 心を決めても、それでもその気持ちを口にするのは少しためらってしまった。もしそんなことをしている間に殿下の目の前にもっといい人が現れてしまったら、という恐れが脳裏をよぎる。もし国内で私よりもいい人がいれば、殿下の気持ちが変わらなくてもそちらの人をとってしまうかもしれない。

 そんな恐れを懸命に振り払いながら私は答える。


「私のような者に大変もったいない申し出でございます」

「では……」


 期待したのか、殿下の表情が少しだけ綻ぶ。

 その期待に沿えないのが本当に残念だし申し訳ない。


「ですが、私はあくまでアドラント王国公爵家の娘です。実は今我が国では災害が起こり、不穏な陰謀が蠢いていると聞いております。自国の窮地をただ見過ごして自らの幸せのみを追い求めることは出来ません。そのため、私はまず自国に戻って出来ることはないか考えたいと思います。お返事はその後まで待っていただくことは出来ないでしょうか」


 申し訳ありません殿下。私は心の中で懺悔しながらその言葉を述べる。

 私の言葉を聞いた殿下は最初こそ少し寂し気な顔をしていたが、すぐに真剣な表情に戻る。

 が、最後まで聞き終えるとわずかに笑みを浮かべた。


「全く、そなたには敵わないな。だがここで自分のことよりも自国のことを優先するという意志を聞いて私はますますそなたのことを手放したくなくなった」

「殿下……」


 それを聞いて私は嬉しいやら申し訳ないやらでいっぱいになる。本当ならすぐにでも殿下の求婚に応じたい。

 だが、殿下と婚約した状態で自国のごたごたに首を突っ込めば、状況によっては良くない巻き込み方をしてしまうかもしれない。だから返事をするのはどうしてもごたごたが解決した後になってしまう。

 だが、そんな私の気持ちを殿下は優しく包み込んでくださった。私はそれが嬉しかった。


「もったいなきお言葉でございます」

「分かった。実は私もそなたの国の不穏な噂は耳にしていた。封印の儀も無事終わったことだし、調べてみよう」

「えっ」


 思いもしない殿下の言葉に私は慌てる。おかしい、この件に巻き込まないようにするために返事を待って欲しいと伝えたはずなのに何でこうなるのか。完全に思っていた展開と違う。


「いえ、あの、殿下に手伝っていただこうとか、そういうつもりで言った訳ではないのですが」


 しかし動揺する私に対して殿下は有無を言わさぬ口調で続けた。


「何を言う、隣国で不穏なことが起こっているというのはわが国にとっても不利益なことだ。それに、結婚を申し込んだ以上そなたの問題は私の問題でもある。そうではないか?」


 本来は隣国に嫁ぐ場合、女性は嫁ぎ先の女になるので妻の実家の問題は夫の問題である、という論理は必ずしも成立しない。むしろ実家の問題を夫に解決させるというのは妻としてあまりよろしくないことだ。

 下手に殿下が首を突っ込んだばかりに伯爵の陰謀がこの国にも向くなんてことがあれば申し訳なさすぎてこの先生きていけない。


「ですがそれではこの国も面倒ごとに巻き込んでしまうかもしれません」

「そうだな。分かった、それならとりあえず情報を集めてから改めてどうするかを考えようではないか。闇雲にそなたが自国に戻っても危険なだけだ。まずは状況を把握してどうするのが最善なのかを検討してから戻るべきだ」


 殿下はかなり強い口調で言った。状況を把握してから考えるというのは正論だから、私は殿下を巻き込んでしまうのが申し訳ないと思いつつも反論の言葉が出てこない。

 とはいえ数日の付き合いながら私は殿下がこうと決めたら絶対に譲らない性格の持ち主だということを知っている。結局何だかんだ最後まで手伝ってくれるのではないか。そんな気がして、私は悪いと思いつつ内心嬉しくなってしまうのだった。


「私は絶対にそなたを危険に晒したくない。幸い、アドラント王国には何人か親交のある貴族もいる。彼らに今の状況を聞いてみよう」

「ありがとうございます」


 こうして、殿下から私への告白は思わぬ動きを見せたのだった。

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