アルツリヒト殿下の気持ち
私が最初に魔法を勉強しようと思ったのは六歳か七歳のころだったと思う。初めて訪れたアドラント王国はマナライト王国に比べて明らかに土地が豊かだった。うちは土を耕しても少ししか作物が実らないが、アドラントでは農地には豊かに作物が実っていた。自然の中にも食べられる野菜や果物が生えているのも見かけた。
代わりに自国にあったのは魔法の技術と少々の鉱物資源だけだった。そこで私は資源により得られた金と技術を使って魔道具を作る研究を進めた。少しずつではあるが魔道具のおかげで人々の暮らしは改善されていったと自負している。
が、成長すると今度は邪竜の封印が緩みかけているということを耳にした。この国に育つ者は幼いころから邪竜の恐ろしさを昔話として嫌というほど聞かされて育つ。聞き分けのない子供は「ファーブニルの餌にされるよ」と言われると途端に素直になったものである。
封印強化には圧倒的な魔力量を持つ者の協力が不可欠であった。父上は魔力が高い者への賞金を提案したが、それでは足りないと思った私は多数の貴族の反対を押し切って魔法貴族制の導入を決めた。なぜなら魔力がある者は名乗り出ずとも金を稼ぐ方法はあるからだ。
爵位という魅力があれば、人々は誰でも自分に魔力がないか試してみるだろうし、あると分かっている者は名乗り出るはずだからである。
当然貴族からはあの手この手で妨害があったが、国の存亡がかかっているためやめる訳にはいかなかった。後でオスカーに聞いたところによると、反対派の貴族たちから何度も私を追い落として王太子にならないか誘いを受けたらしい。
とはいえ実際にこの制度を始めると各地から魔力に自信のある者が何人も名乗り出て、実際数人は貴族となった。もしシルアが現れるまでに封印が解けそうになれば、その者たちを連れて一か八か封印強化に挑戦しようと思っていた。
そんな努力を続けていく中、私は思ったことがある。
貴族家には容姿が美しい令嬢、博学な令嬢、芸事に長けた令嬢など様々な娘がいる。しかし彼女らは皆私を支えるか、もしくは私に寄りかかって自分の家の繁栄に役立てようという者たちばかりだった。もちろんそれは貴族として生まれた以上当然のことだろう。
しかし困難な道を歩む私が欲しているのはそのような者たちではなく、共に道を歩いてくれる者だった。
そういう意味ではアマーリエは私にとって魅力的な女性ではあった。そのせいで魔法貴族としては破格の伯爵位を与えてしまったというのはある。ただ、彼女の魔力では封印の儀式を行うのに足りているのかはきわどかった。
そんな私のところに現れたのがシルアであった。ゲルハルトはただの魔力が高い平民だと思っていたようだったが、一目見て私は彼女が平民でないことを感じ取った。
服こそ平民のものをまとっていたが、丁寧に手入れされているとしか思えない金色の長髪、きれいでなめらかな肌、そして意志の強そうな瞳。外見だけでなくその仕草の一つ一つから気品や育ちの良さを感じ取った。
このような女性が平民の訳がない。ゲルハルトの目は節穴か、と思ってしまったが普段は礼儀正しい彼が焦って連れてきたということは彼も何かを感じ取っていたのだろう。
出会ったばかりの時は彼女の多くを知ることはなかったが、追放されて自棄になっていたとはいえ誘われて隣国にやってくるような決断力もあいまって私は彼女に強く惹かれてしまった。
事情を聞いた私は隣国の王子の愚行を強く憎むとともに、その反面少しほっとしてしまった。なぜなら彼が婚約破棄という暴挙に出なければ彼女は王子とそのまま結婚してしまっていた可能性が高い。シルアのような美しい女性が横暴、短気、浅慮と評判の悪い王子に嫁いでいたらとぞっとする。
話を聞いた限りだとアドラント国王が臥せっている間の暴挙であったため、王が回復して王子を叱った場合、婚約が戻される可能性がある。それだけは何としてでも阻止したい、と私は思った。当然他国の王子がどうこう出来ることではないというのは分かっていたが。
その後魔力の測定を行ったとき、彼女が国で最高級の魔力を持っていると聞いて私は複雑な気持ちになってしまった。もちろん封印の儀式を行えることは王子として嬉しいのだが、そうすれば彼女を危険に晒すことになってしまう。
シルアには「隣国の者を危険に晒したくない」と言ったが、正確に私の心中を表現するならば「好きな女性を危険に晒したくない」といったところだった。それでも私は王族として彼女に封印の儀の手伝いを依頼せざるを得なかったが、彼女はそれを受けてくれた。しかも私のために力を尽くしたい、とまで言ってくれた。
彼女こそ私が望んでいた、困難な道も共に歩んでくれる女性そのものではないか。私は確信した。
為政者としては必ずしも褒められたことではないが、人々を救うために自分の身すら危険に晒せるというのは私と似ている部分があり、このような女性と生涯を共にしたいと思わせられた。幸い生まれはアドラント王国の名門アルュシオン公爵家と私の妻とするにも申し分ない家柄だ。
こうして私の心はその時にほぼ決した。
そんな訳で私は封印の儀式が終わると父上の許可をとり、彼女に求婚することを決意した。
しかし思いを告げる時の私は柄にもなく緊張してしまった。これまでも反対派の貴族との権力闘争や、封印の儀式など様々な困難なことをやり遂げてきたというのにまさか意中の人に思いを告げるだけの行為にここまで緊張してしまうとは。緊張のあまり本筋と関係ない話をだらだらと前置きしてしまい、とても恥ずかしい。
なぜこんなに緊張するのか。これまでのことは全て自分が正しいと思ったことを実行に移してきたことだった。しかしこの告白は本当にシルアの気持ちに沿ったものなのか確信が持てなかったからだ。もし彼女に迷惑に思われてしまったらどうしよう。少しでもそんな気持ちがちらつくたびに、私は戸惑ってしまった。
とはいえすでに求婚の言葉は私の口から出てしまった。後はシルアの返答を待つだけだ。
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