求婚

 封印から帰った日、身体が疲れていたので私は夕飯を食べるとすぐに眠ってしまった。こんなに深い眠りは久しぶりかもしれない。


 翌日、私が朝食を食べ終えると、珍しくアマーリエの方から私の部屋を訪ねてきた。いつもの勝気な様子と違い、少し表情に陰がある。

 ちなみに私が封印を強化したということはまだ発表されておらず、アンナもそれを知らない。恐らく、私が封印強化に手を貸したことや私の正体を公表するかどうかを今夜話し合うのだろう、と私は思っている。


 だとするとアマーリエの用件は何だろうか。もしや昨日の件に勘付いたのだろうかと思いつつも、私は彼女を自室に招き入れる。もっとも、自室と言っても王宮の客間だけど。

 室内のテーブルを挟んで向かい合うと、彼女は遠慮がちに話を切り出す。

 彼女が告げた内容は予想外の内容だった。


「あの……シルアさんは確かアドラント王国から来られた方でしたよね?」

「はい、そうです」

「実は王国では今色々と良くないことが起こっているという話を耳にしまして。もしご家族の方が王国にいるなら伝えた方がいいのかと思いまして」


 その話を聞いて私は息をのんだ。

 そう言えばこの前は火山が噴火していた。また、こちらでは小規模だけど時々地震も起こっている。天変地異はどうしようもないことだと思っていたけど、アマーリエの深刻そうな表情を見る限りそれだけではないのだろう。

 陛下は病床に臥せっていて王子はあれだ。降って湧いた災害にうまく対応できるとも思えない。アマーリエの不安そうな様子もあいまって、私の胸中ににわかに黒雲のような不安が込み上がってくる。

 追い出されたとはいえ、私は公爵家の娘。国で良くないことが起こっていると聞けば気にしない訳にはいかない。


「是非聞かせてください」

「分かりましたわ。まずこのごろ王国ではボルケーノ火山の噴火や地震など天変地異が立て続けに起こっております。それに加えて、王宮ではマルスリウス伯爵という人物が摂政となり、気に入らない貴族を次々と追い出して政治を私物化しようとしているという話ですわ」


 マルスリウス伯爵……誰かと思えばあのアイリスの父親ではないか。

 私はそれを聞いてぞっとした。伯爵は無能な王子が色ボケになっているのをいいことに、今頃やりたい放題しているのではないか。摂政には重大な権限が与えられるため、本当になっているのだとしたらもはや王族以外誰も歯向かうことは出来ないだろう。


「また、殿下に諫言しようとした貴族の一人は爵位を剥奪して平民になるよう言われたとも聞いております」

「そんなひどいことが……」


 私は絶句したが、ないとは言えない。クリストフ殿下は粗暴で短気、自分の意に沿わない言葉は頑なに受け入れない性格だ。もし殿下の悪行を真っ向から諫めようとする者がいればそういう反応をしてもおかしくはない。


「とはいえ、私も耳に挟んだ程度なので真偽は分かりませんわ」


 よほど私が愕然としていたのか慌ててアマーリエはフォローしてくれるが、多少誇張はあるにせよ私はそれが真実に思えてきた。あまりにもそのようなことが起こっている光景が鮮明に浮かびすぎる。


「教えてくださってありがとうございます」

「随分青い顔ですが、もし何かあれば力になりますわ」

「ありがとう……」


 私にはそれしか言うことが出来なかった。




 どうしようか悩んでいるうちに、殿下と話す時間がやってきた。私は意を決して殿下の部屋に向かう。

 ノックして名乗ると「入ってくれ」という返答があった。その声は心なしかいつもより上ずっている。部屋に入ると、殿下はいつになく緊張した面持ちで私を待っていた。これからするのはそれくらい重要な話なのだろう。


「昨日はご苦労だった。ゆっくり休めたか?」

「は、はい」


 休めはしたが、まさかあんなことを聞いてしまうとは。

 しかし殿下はそんな私の様子にも聞かずに、少しだけ上ずった声で話を続ける。


「それは良かった。まずは礼を言おう。儀式に参加してくれて分かったと思うが、あれには莫大な魔力が必要だ。だからそなたでなければ難しかっただろう。邪竜ファーヴニルが復活すればこの国は良くて壊滅、最悪地図から消滅するほどの損害を受けていただろう」

「は、はい。お役に立てて良かったです」


 私は少し上の空で答える。


「そなたは本当に謙虚なのだな。普通の者ならもう少し己の手柄を誇るものだが」

「いえ、精霊の力を借りてのことなので」


「話は変わるが、私は物心ついて以来この国の貧しさが気になっていた。そこでそれを改善するために魔道具の研究に尽力した。問題が解決したとは言わないが、多少なりとも国民生活の改善に寄与出来たのではないかと思っている。次に封印の揺らぎが明らかになると優れた魔法使いを探すために魔法貴族制度を導入した。もっとも、そなたが見つかったのは制度のおかげというよりはゲルハルトの強引さのおかげだが」


 そう言って殿下は苦笑する。

 私は半ば上の空で話を聞いていたが、今日の殿下はどこか様子がおかしい。普段ならこんな自分の手柄を誇るようなことを長々と話さないような気がする。

 しかも話し方的におそらく何か言いたいことがあって、その前座としてこの話をしようとしているように思える。何が本題なのかは分からないが、普段はこんな持って回ったような話し方はしない気がする。


 そこで私は気づく。殿下は緊張しているのだ。というか、よく見ると結構分かりやすく顔が赤くなっているし、口調もいつもより上ずっている。私が上の空じゃなかったら多分一瞬で気づいたのに。

 でもいくら重大事であっても、これまで王子として色々なことをしてきた殿下が今更こんなに緊張することは一体何だろうか。封印の儀式直前ですらそんなに緊張しているようには見えなかったが。失敗すれば大惨事が起こるあの儀式より緊張するようなことなどあるのだろうか。


「ところで貴族の令嬢というのは皆私を尊敬してくれてはいるのだろうが、私はどうも物足りなさを感じてしまっていた」


 今度は一体何の話だろうか。明らかに話題が脱線している。


「それで私はもし伴侶とするなら、私の後ろをついてきてくれるのではなく、一緒に前へ向かって進んでくれる女性がいいと思っていた訳だ」


 本当に何の話なのだろうか。というか、この話はどこで私に関係するのだろうか、と私はだんだん焦れてくる。重要な話があると思ってきたのに全く関係ない話を延々と聞かされるとつい早く本題に入ってくれ、と思ってしまう。


 が、殿下の話は思わぬところで私に戻ってくる。



「……つまりだ、シルア殿、私はそなたのような女性と生涯を共にしたい」



「……え?」


 最初は聞き違いかと思ったが、その言葉を発した時の殿下の意を決したような表情。今日の尋常じゃなく緊張した様子。これまでも思い返してみるとところどころ思い当たる節がないではなかった。


 そしてそれが本心なんだ、ということを実感してきた私は徐々に体の奥が熱くなっていくのを感じた。私もわずか数日の関わりしかないが、アルツリヒト殿下には強く惹かれていた。聡明で国や民のことを常に気にかけており、決めたことは実行に移す意志の強さと決断力がある。

 そんな方から求婚されて嬉しくない訳がなかった。

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