13
なんてこった。こいつ……渾身の体当たり攻撃を仕掛けて来やがった……
だけど。
考えてみれば、さっき、てっきり死んだと思っていた彼女が無事だったのが嬉しくて、俺は思わず彼女を強く抱きしめてしまった。それを考えれば、彼女がこういう行動を取ってきても不思議ではない。
心臓がバクバクする。彼女の攻撃は俺の本能にクリティカルヒットしていた。だけど、俺はまだ紙一重で理性を保っていた。
「カズ兄ぃも……ウチの身体に……興味、あるげんよね……いつも胸とか、チラチラ見とっしぃ……」
う……バレバレか。俺はシオリの言葉を全く否定できなかった。さらに彼女は続ける。
「ウチ、彼氏と別れた、ってお母んが夏に言っとったやろ? 何で別れたのか、聞いたけ?」
「い、いや……」
「ウチの彼氏……いや、元彼氏ね、よくウチと、その……エッチしたい、って言っとってん。ほやけどぉ、ウチ、経験なくてちょっと恐かったしぃ、そういうの簡単に許したらぁンね、軽い女やと思われそうでぇンね、ずっと断っとってん。ほしたらぁ……浮気されてしもてんよ。それもその浮気相手が、ウチとあまり仲が良くない、すぐに男とそういうことする、って噂の娘やってん。ウチ……めっちゃショックやってんよ……」
シオリが自嘲めいた笑みを顔に浮かべる。
「ほんでもぉンね、その後ウチ色々友だちに聞いてん。男の子の……そういう欲ってぇ、めっちゃ強いげんね。ウチ、よく知らんかってん。だからウチ、彼氏にすごく我慢させとったんやな、って分かって……ウチも悪かったんやな、って思ってん。ほやさけぇ……ウチ、今度好きになる人には、ちゃんと……許してあげよう、って……思ってんね……」
「……」
だけど、それはどうなんだろうな、と俺は思う。
その彼氏も本当にシオリのことが好きだったのなら、彼女の気持ちを尊重し、いくらでも我慢できたと思う。少なくとも俺ならそうだ。でも、そうじゃなかった、ってことは……やっぱり、彼女の体だけが目当てだったんじゃないか? シオリもそんな男に引っかからなくて、かえって良かったんじゃないんだろうか。
「だからね」シオリの話は続いていた。「ウチ……カズ兄ぃだったら、いいよ……カズ兄ぃなら、ウチ、全部許せるさけ……もともと、ウチの初恋の人やったし……夏の時も、今日も……カズ兄ぃ、すごく素敵やった……そして、今日……ウチのこと、めっちゃ強く抱きしめてくれたよね……」
頬を染めて、シオリがうつむく。
まずい。俺の理性は陥落寸前だ。だけど……俺の心の底には、何か、引っかかる物が一つ残っていた。それが一体何なのか、その時の俺には良く分かっていなかった。
しかし、次の瞬間、まるで狙いすましたかのようにその正体が明確になる。
着信音。
「!」
俺の布団のそばに置いてあったスマホの画面に、LINE のメッセージが表示される。
"これから新婚旅行に出発です! 披露宴、二次会に参加して下さった皆さん、ありがとうございました!"
そして、タキシードの男性と、真っ白なウエディングドレス姿の女性のツーショットの写真が……
俺の中で盛り上がっていたシオリへの思いが、一気にしぼんでいく。
そう……今日は、
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三上
セミロングの髪に、色白で瓜実顔、整った鼻筋に薄い唇、ほっそりした顎のライン。胸はそれほど大きくはなかったが、彼女ほどキュッと盛り上がり引き締まったヒップを備えた女性は、身近には他にいなかった。
そして性格は男勝りで活発。とにかく俺の好みのタイプそのものだった。俺と彼女は音楽の趣味が近くて、よく一緒にライブに行ったりしていた。
正直、俺は彼女にゾッコンだった。だけど俺は彼女に対して何もアクションを起こせずにいた。そして……
俺が二年の12月、なんと彼女は付き合っていた年上の社会人の彼氏と籍を入れてしまったのだ。寝耳に水だった。彼氏がいたことすら俺は知らなかった。
彼女は大学卒業後そのまま家庭に入り、ずっと出来なかった結婚式を本日挙行したのだ。もちろん俺にも招待状が届いていたのだが、どうしても受けなくてはならない資格試験があると嘘をついて、俺は欠席した。
三上先輩のことは、もうすっかり忘れたつもりでいた。だけど、こうして彼女のウエディングドレス姿を見てしまうと……さすがにショックは隠せない。どうして彼女の隣にいるのが俺じゃないんだ、なんて思ってしまう。
「カズ兄ぃ……」
シオリの声に、俺は現実に引き戻される。シオリは俺のスマホの画面を、食い入るように見つめていた。
「前に、片思いしとった人がいたけど、玉砕した、って言っとったよね……これが、その人け……?」
「……」
俺は無言でうなずく。
「綺麗な人やね……ウチと、全然違う……こういう人が、カズ兄ぃの好みなんやね……でも……もう結婚してしもてんよ? この人はカズ兄ぃを選ばんかってんよ? ほんでもぉ……カズ兄ぃはまだ、この人が好きなんけ? 忘れられんがけ?」
「……わからない」俺はポツリと言う。それが俺の率直な気持ちだった。
「ね、カズ兄ぃ……ウチなら、ここにおるよ? どこにも行かんよ? カズ兄ぃがあの人としたくてもできんかったことでも……ウチ、してもいいよ?……それでも、ウチじゃ……ダメけ?……ウチじゃ、あの人の代わりに……なれんがけ……?」
シオリの声が震える。彼女の顔は泣きそうに歪んでいた。
彼女の真っ直ぐな気持ちは、今の俺にはありがたかった。だけど……なぜか俺はそれを受け入れる気になれなかった。よくわからないが、シオリからそう言われるのは何かが違う。そんな気がしてならなかったのだ。
「……ごめん」俺はうなだれる。シオリの顔はとても見られなかった。
ぐすっ、と鼻をすする音。
「わかった」シオリはすっかり涙声になっていた。「こっちこそ……困らせてごめんね、カズ兄ぃ」
そう言って彼女は立ち上がり、引き戸を開けて部屋を後にする。ピシャ、と戸が閉まり、パタパタと足音が遠ざかっていく。
今になって、俺の心に強い後悔の念がわき上がる。
バカだ。俺は大バカだ。
俺はシオリを……深く傷つけてしまった。最低だ……
さっきまで、あんなにも愛しく感じていたのに……どうしてこうなってしまったんだ……
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