12

 帰り道。


「なあ、シオリ」


「なに?」シオリが俺を振り向く。


「お前……実はすごいヤツだったんだな。あの、今にも家が焼け落ちそうだった時、俺は足がすくんで動けなかったのに、お前は家の中に飛び込んで行ったんだもんな……」


 そう。シオリにあんな勇気があるとは、俺は全く思っていなかった。


「でも、そのせいで死にかけたけどね」照れたようにシオリが言う。


「それはそうだが……」


「あの赤ちゃん、大二郎って言っとったよね。実はね……ウチの母方のじいちゃんのじいちゃんが、大二郎って言うげん。一代で財を築いた、伝説の先祖ねんよ」


「ええっ!」


 それは初耳だった。


「だから、ひょっとしたらウチの先祖かもしれん……って思ったら、いてもたってもいられなくなってしもうてね。ほんでぇ、気づいたら家の中に飛び込んで、助けとってん」


 なんと。シオリは自分の祖先を自分で助けた……のか? しかし、そう考えるとなんだか運命的なものが感じられる。何か人知を越えたものが彼女を動かしたのかもしれない。


「そうだったのか……でもな」


「ん?」


「もう絶対、あんなことはやめてくれ。心臓に悪すぎる……」


「うん。ウチだって死にたくないし……カズ兄ぃがそう言うのなら、ウチもう絶対にしないよ」


 そう言ってシオリは、朗らかに笑った。


---


 シオリの家に帰ると、夕食の支度は出来ていた。伯母さんが俺たちの作業着姿を見て目を丸くしていたが、「ちょっとボランティア活動しとったもんでぇ~」とシオリが言うと、納得したようだった。


 今回はさすがに酒を飲まないわけにはいかなかった。伯父さんが俺の氷入りのグラスに注いでくれたのは……透明な液体……しかも、強そうなアルコールの香りが……


「これはな、能登で作られた焼酎や。まずはロックで飲んで見まっし」


 にやにやしながら、伯父さんが言う。


 焼酎って……今まで飲んだことないけど、結構強い酒だよな……ビールみたいにグイグイ飲めそうにはない。

 そもそも俺はそんなに酒に強い方じゃない。飲めないわけではないけど、すぐに顔に出る。そして、限界を超えると寝てしまう。と言うわけで、チビチビ飲むことにしよう。


 乾杯の後、ちょっぴり口に含む。


 う……やっぱりアルコールがきつい……けど……


 さわやかな風味。意外に飲みやすい。焼酎って匂いがきついイメージがあったけど、これは全然そんなことないな。チビチビ飲んでいれば楽しめそうだ。


 そして今回のメインディッシュは……カキ! 俺の大好物だ。カキフライにカキの卵とじ、カキの炊き込みご飯、そして、生ガキ……もう、口の中に唾が溢れてくる。たまらない。


「さあさ、東京じゃこんなおいしいカキは食べられんやろ? たーんと食べまっしま!」


 そう言って、伯母さんが俺の皿に生ガキをよそってくれた。うおー! 身がでかくてぷりぷりしてて、めちゃ旨そうだ……


「はい! いただきまーす!」


 早速俺はレモンを絞り、汁を垂らしたカキを一つ頬張る。


 ……旨い!


 海のミルクとはよく言ったものだ。濃厚な磯の香りと、噛むとトロリと溢れだす芳醇なカキの風味が、俺の鼻腔と味蕾みらいを直撃する。


穴水あなみずで採れたてのカキやよ。だけど出荷が始まったばっかのヤツやさかいね。真冬の真ガキはもっとおいしいげんよ」と、伯母さん。


「そうなんですか」


「穴水ってぇンね、あの『ボラ待ち櫓』があった辺りやよ」と、シオリ。


「へぇ! わりと近いんだね」


「そうや」と、伯父さん。「『能登はやさしや土までも』と言うてな、能登の豊かな森林資源から、雨に乗って川に流れ海に届く植物性プランクトンが、カキの餌になるんやな。ほやさけ、穴水のカキは天下一品やわいや! カズヒコも、年明けたらまた食べに来まっし」


「でも……その頃、シオリ、入試ですよね?」


「なんも。この娘はな、成績いいさけ指定校推薦で東京の私立受けることが決まっとるげん。その頃にはもうとっくに進路も決まっとるわいや」


 隣を振り返ると、シオリが片目をつぶりながら右手でVサインを作っていた。


「あ、そうですか……それじゃ、また、来ようかな」


「やった!」


 シオリのVサインが、二つに増えた。


---


 と言うわけで、焼酎とカキづくしの料理を堪能した俺は、すっかり酔っ払ってしまい、フラフラしながらもなんとかヤスの部屋にたどり着くと、そのまま布団に潜り込んだ。そしてそこから記憶がない。


 気がつくと、部屋は灯りが付いたままだった。しまった。灯りを消さずに寝てしまった。


 今、何時だろう。部屋の時計を見ると、ちょうど 0:00 を過ぎたところだった。まだまだ夜じゃないか。灯りを消して寝直そう。あ、でも今日はまだ風呂に入ってなかったな。入りに行こうか。


 そう思って起き上がり、左手を床に付こうとして……


 ムニュッ、とした感触。


「?」


 思わず左手の先を見た俺は、愕然とする。


「!」


 そこにいたのは、シオリだった。目を閉じ、俺の方を向いて横になっている。俺の左手は彼女の左の横っ腹を掴んでいたのだ。


 しかも……彼女が着ているのは、いわゆる……その……ネグリジェ……ってヤツか……?

 上も下も、肌着が完全に透けている……それも、黒くてなんか装飾が施されているような……ええと……勝負なんとか……って言うヤツ……?


 てか、そもそもなんでコイツがここにいるんだ? まさか……俺が酔っ払った勢いで、彼女を引きずり込んだのか? いや、そんな記憶はないし……よしんばそうだったとしても……肌着を身につけてるから……未遂、だよな……?


「う……ん……」シオリが呻きながら起き上がり、目を開く。「あ……カズ兄ぃ、おはよう」


「おはようじゃねえよ! まだ真夜中だよ!」反射的にツッコんでしまった。「なんでお前がここにいるんだよ! 部屋間違えたのか?」


「ううん。間違えてないよ。久々にカズ兄ぃと一緒に寝たいなあ、と思ってさ」


「あ、あのなぁ……」俺は頭を抱える。「一緒に寝てたのはもう十年も前の話だろ? 俺たちはもう子供じゃないんだぞ。だったら、一緒に寝る、ってのがどういう意味になるのか、お前だって分かってるだろ?」


「分かっとるわいね。当然……その意味やよ……」


「……」


 顔を赤らめながら、シオリが言う。俺は言葉を失う。

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