11
「大二郎!」
俺が抱えた赤ちゃんを見ると同時に、"まさ"さんとそのお姉さんが大声で号泣する。俺が赤ちゃんを"まさ"さんに渡すと、それまでずっと目を閉じていた赤ちゃんが、彼女の腕の中で元気な泣き声を上げ始めた。
「あんやと存じます! 天狗様! あんやと存じます……」"まさ"さんのお姉さんが、俺に向かって正座し、目を閉じて両手を合わせ、一心に祈りを捧げている。
……天狗様? そうか……今の俺は防煙マスクをかぶっているんだ。それが天狗に見えたのか……
「気にしないで下さい」
俺はそう言って、視線を"まさ"さんの家に戻す。
完全に屋根は焼け落ちていた。あの中にシオリがいる……だが、状況は絶望的だった。
俺はシオリをここに連れてきたことを、心の底から後悔した。
俺の目の前で、シオリは死んだ。俺が殺したも同然だ。彼女だけは何があっても守る、なんて思ってたくせに……何もできやしなかった。
悲しいはずなのに、全く涙が出てこない。ショックで俺はどうかしちまったのかもしれない。
ふと、目の前に文字が浮かぶ。
"もう根幹のワームホールが閉じる。藤田和彦、戻ってこい"
「神」からのメッセージ、か……
だけど……戻ったとしても、もうシオリはいない。彼女を死なせてしまって、俺は伯父さんと伯母さんにも顔向けできない。だったら、いっそこのまま、この時代で……
あれ? ちょっと待て?
シオリがいないのに、なんで「神」からのメッセージが見えるんだ?
"勘違いするな。吉田詩織は死んではおらん"
……え?
ようやくそこで、俺は左の手首が何かに掴まれているのに気づく。
人の両手だった。しかしそれをたどって見てもその手の主は見えず、ただ真っ黒な空間が俺の真横に広がっているだけだった。
「!」
いきなりその両手が俺を、その真っ黒な空間の中に引きずり込む。
---
暗闇に目が慣れるにつれ、俺は目の前に人影があるのに気づく。
「お帰り、カズ兄ぃ」
その声は……!
「シオリ! 無事だったのか……」
「うん」シオリは俺の左手首を両手で掴んだまま言う。「どうやら『神』様が助けてくれたみたい。ウチが天井の下敷きになる直前、ウチの真下にワームホールが出来てん。ほんで気ぃついたらウチぃ、ここにおってんよ」
「そうだったのか……」
安心した瞬間、両眼から涙が溢れてきた。俺は思わずシオリの両手をふりほどき、そしてそのまま彼女の体を抱きしめる。
「きゃっ……!」
シオリが小さく悲鳴を上げたのにも構わず、俺は彼女を抱く手に力を込めた。強く、強く。
「良かった……お前が無事で、本当に良かった……」
シオリの体を抱きしめ続ける俺の両側の頬に、涙が止めどなく伝う。
「ちょ……カズ兄ぃ……苦しいよ……息、できん……」
弱々しいシオリの声に、俺はようやく我に返る。
「!」
弾かれたように俺はシオリの体から飛びのく。しまった……どさくさ紛れに、俺はなんてことをしてしまったんだ……
だが。
「カズ兄ぃ……ありがと……」
そう言ってうつむくシオリの顔は、夜目にも明らかなほどに赤らんでいた。
やばい。
いろんな意味で、俺はやらかしてしまったようだ……
しかし、今回だけはさすがに「神」に感謝せざるを得ない。まさかシオリを助けてくれるとは……
だけど、思い返せば、「神」は夏もシオリの命を奪いたくない、という理由でこの時代に爆弾を転送するのを中止したのだ。今回も「神」はシオリを守りたかったのかもしれない。そして彼女が目立つ銀色のアルミポンチョを身に着けていたのも、「神」が彼女を識別するのに功を奏したのだろう。
俺はスマホを取り出し、指を滑らせる。
『シオリを助けていただき、本当にありがとうございました』
「あ……」
ふと、シオリが表情を変える。彼女が俺の右手を握ると、俺の目の前に以下の文字が浮かび上がった。
"その後の火災でお前たちの時代には残っていないが、今回の火災での直接の死亡者はゼロだった、という記録がある。これは奇跡に近い。よくやってくれた"
……!
思わず俺とシオリは互いに顔を見合わせる。
「「やったぁ!」」
二人の声が揃った。
---
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます