10

「分かりました。俺も行きます」


「ほんなら付いて来まっし!」


 俺はその人の後を付いて走り出した。


「待って、カズ兄ぃ! ウチも行く!」


 そう言ってシオリも走り出すが、


「お前は来るな!」


 と俺が叫ぶと、ピタリと足を止める。


「なんで?」


「火に近づくんだ。危ないぞ! だからお前はそこにいて、みんなを見張っているんだ!」


「嫌や! ウチも行く! カズ兄ぃにもしものことがあったら、ウチ……」


「だけど俺だって、お前を危ない目に遭わせたくないんだよ!」


「危ない目に遭ってもいい。ウチ、カズ兄ぃと一緒にいたいげん。それにカズ兄ぃ、ウチがおらんかったら、神様と話も出来んよ。ほんでもいいがんけ?」


「……」


 それは確かに、少し辛いところだ。今は時間が経過速度が通常の状態だ。不測の事態も十分起こりうる。「神」とコミュニケーションは出来るに越したことはない。


「分かった! ついてこい!」


 言い捨てて、俺はシオリに背を向ける。


「うん!」


 彼女の弾む声を背中に聞きながら、俺は既にかなり離れてしまった女性目がけて、全力で走り出す。


---


 風下に近づくにつれ、炎の範囲は広がっていた。俺たちはそれを回避して、ようやく風下にたどり着いた。


「!」


 藁葺きの屋根が燃えている一軒の家の前で、女性は足を止める。どうやらここが、この人のおばの家らしい。


「まさ……まさー!」


「ダメです!」


 家の中に飛び込もうとする女性を、俺は必死で押さえつける。「まさ」、っておばさんの名前? この時代は目上の人でも呼び捨てにしちゃうんだな……


「俺が中に入って探しますから。いいですね」


 俺が彼女の目を見据えて言うと、彼女はしっかりとうなずいた。


 俺は今まで使っていなかった防煙マスクをしっかりと装着すると、引き戸を開けて家の中に飛び込む。


 家はそれほど大きくはない。二階はないようだ。いろり端に一人、女性が倒れていた。弱いが呼吸はしているようだ。煙に巻かれて倒れたのかも。しかし……この人がおば? あの人のおばにしては、えらく若いんだけど……


 そんなことはどうでもいい。俺はその人を抱え上げて、外に走り出る。


「まさ!」女性が声を上げると、その人はうっすらと目を開ける。


「お姉……」


「良かった! まさ!」女性はその人を俺から奪うようにして抱きしめる。


「お姉……?」俺にはこの二人の関係が全く把握できていなかった。


「あのね、カズ兄ぃ」シオリだった。「この辺では、『おば』って妹のことねんよ。ほやさけ、あの人とこの人は、姉妹ねん」


 そうだったのか……


 その時だった。


「大二郎は……?」"まさ"と呼ばれた女性が言う。


「大二郎?」俺が問いかけると、


「まさの息子や。まだ赤ん坊ねんけど、あんさん、見とらんが?」


 "まさ"さんのお姉さんが、俺に鋭い視線を向けていた。


「いや、見てません。でも、中にいるんですね?」


 "まさ"さんが弱々しくうなずく。


「わかりました!」


 走り出そうとした俺の目の前で、大きな音と共に、家の屋根がべこりと凹む。おそらく屋根のはりが折れたのだ。


 もうこの家はすぐに崩れ落ちる。思わず足を止めてしまった俺の右を、風のようにすり抜けていく人影があった。


 シオリだった。


「……シオリ!」


 俺が声を上げたときには既に、シオリは家の中に飛び込んでいた。


 なんてヤツだ……しかも防煙マスクも付けずに……


「くそっ!」


 無茶しやがって。彼女を追いかけて、俺も家の中に入る。


「いた! これや!」


 声の方に振り向くと、シオリが座敷の奥で赤ちゃんを抱え上げていた。


 しかし。


 柱の折れる音が連続的にして、彼女の真上の天井が崩れ始めた。


「カズ兄ぃ!」


 シオリが赤ちゃんを俺に向かって放り投げる。俺がそれを受け止めた、次の瞬間。


 轟音と共に落ちてきた天井の中に、シオリの体は飲み込まれた。


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