9
気が付くと、俺たちは俺たちの時代の西宮神社の鳥居の近くに転がっていた。
「う……うう……」
呻きながらシオリが起き上がる。
「シオリ、大丈夫だったか?」
俺が声をかけると、シオリはかすかに笑みを浮かべる。
「うん、大丈夫みたい。特にけがもしてないみたいやし。やっぱこの重装備が良かったんかもね」
「そうだな……」
俺はうなずきながら、あの時何が起こったのかを考えた。
おそらく、爆弾が爆発したのだ。そしてその衝撃波が神社と俺たちを吹き飛ばした。だがワームホールが閉じる寸前だったので、それほどひどいダメージにはならなかったのだろう。本当に間一髪だった……
「……ここは、どこなんかいね?」
その声の方に振り向くと、和服の中年女性だった。和服と言ってもいわゆる晴れ着ではなくて、普段着用の簡素なものだ。
「!」
周りを見渡すと、似たような恰好の人々が、ポカンとした様子で辺りを見回したり、腰を下ろしていたりしている。そうか……この人たちが、俺たちがこの時代に避難させてきた人々なんだ……
「ここは……あなた方の時代から見たら、未来の世界です……」
俺がそういうと、その女性は顔をしかめる。
「はあ? ミライかね? 何やらようわからんげんけどぉ……何とかうちに帰してもらえんもんかね……」
「……」
俺とシオリは思わず顔を見合わせる。
そうだよな。ここは、この人たちが本来いるべき場所じゃない。一時的な避難場所なのだ。
「わかりました。ちょっと待ってて下さい」
そう言って、俺はシオリを振り返る。
「シオリ、頼む」
もはやそれだけで通じるようだ。ニヤーとしながら、シオリは俺の背中に抱きつく。柔らかな彼女の体の感触を意識から無理矢理にはぎ取り、俺はスマホに入力する。
『この人たちを元の時代に返したい。可能か?』
"可能だ。爆心から50m離れた風上の位置にワームホールを開ける。だが、まだ燃焼材が燃えている。注意することだ"
『分かった』
俺は神社の扉を開ける。
「うわっ……」
凄まじい熱気。目の前に燃えさかる炎が広がっていた。アメリカがベトナムで使ったナパームBは、燃焼時間が数分にわたるという。
『もう少し炎が治まった時刻を選べないのか?』
"無理だ。根幹のワームホールを保持出来るのは五分ほどなのだ。その時刻が終われば、この時代との接続は不可能になる"
そうか……だったら、今移動するしかない、ってことか。俺はシオリを振り返る。
「シオリ、みんなを集めてくれ」
「分かったよ」
言うが早いかシオリが駆け出して、避難民に次々に声をかけていく。
「みなさーん! こちらに集まってくださーい!」
避難民が続々と鳥居の前の道路に集まってくる。ほとんどが女性と子供だ。総勢、40人強というところか。
全員が集まったのを確認して、俺は話し始める。
「これから皆さんを皆さんの時代の石崎に戻します。ただし、今、石崎はものすごい大火事の状態です。しかもこの炎は水では消せません。火が収まるまで近づかないで下さい。分かりましたか?」
俺が見渡した限り、子供たちはポカンとしていたが、大人は大体がうなずいていた。
「それでは、今からこの神社の扉の中に入って下さい。そこが皆さんの石崎です」
再び、俺は扉を開ける。
「!」
そこから見える荒ぶる炎にみな驚いていたようだが、俺が率先して中に入り手招きすると、皆もぞろぞろと連れ立って入ってきた。そして、激しく燃えている町並みを前に、呆然と立ち尽くす。
「これで全員だよ」そう言いながら最後に入ってきたのは、シオリだった。
「もしかしてぇ……
俺に声をかけてきたのは、先ほどの中年女性だった。
「ええと……まあ、そういうこと……ですかね……」
苦笑しつつ俺が言うと、女性は、俺の前で両手を合わせて拝む仕草をする。
「ほんながけ……
「いや……そんな……」
俺は照れ隠しにかゆくもない頭を掻いてみせる。
その時だった。
いきなり一人の女性が、炎に向かって走り出したのだ。
「ちょ……待って下さい! どうしたんですか! 危ないですよ!」
俺はダッシュしてその人の右手首を掴み、引き留める。
「離してま! 向こうにわてのおばがおるんや! ちょうど風下の方や!」
年は三十代くらいだろうか。やはり地味な色合いの着物を身に纏っているその女性は、ぶんぶんと右手を振って俺の手をほどこうとする。
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