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「相変わらず、軽トラかよ……」


 のと里山空港に降り立った俺を出迎えたのは、冬の制服を纏ったシオリだった。そのまま駐車場に連れて行かれた俺は、そこで彼女の愛車(?)、白のスズキ・キャリィとも再会を果たしたのだった。


「いいがいね」少し口を尖らせながら、シオリが言う。「もう畑も終わったしぃンね、今この車に乗るのはウチしかおらんげん。ほやさけウチのマイカーも同然や。ほらぁンね、早う乗りまっし」


「分かったよ」


 全く、高校生の分際でマイカーを所持しているとは……贅沢なヤツだ。俺も車が欲しくないわけではないが、東京に住んでいるとあまり必要性を感じない。だけど、こんな田舎では必需品なのだろう。


 俺は助手席に座りシートベルトを締める。それを見計らってシオリが車を発進させる。相変わらずスムーズな運転だ。マニュアルなのに全くシフトショックが感じられない。


 夏に比べれば日差しは随分柔らかくなったが、これだけ天気がいいとさすがに少し暑い。山々に生い茂っている木々はまだ色づくほどではないが、真夏に見た、輝くばかりの緑の瑞々しさはすっかり失われていた。


「……あれ? 道、違くないか?」


 空港の高台を降りてから、いきなりシオリは車を彼女の家と逆方向に進めていた。


「えへへ。カズ兄ぃ、ちょっこし寄り道して行かんけ? 桜峠の道の駅にさ」


「道の駅? って、空港も道の駅だったじゃん。何でわざわざ別な道の駅まで行かにゃならんの?」


「決まっとるやろ。そこにしかないもんがあるげん」


「そこにしかないもの?」


おいねそうよ。カズ兄ぃ、ソフトクリーム好きやろ?」


 子供の頃、俺はシオリやヤスと一緒にソフトクリームをよく食べていた。さすがに今は食べる機会はかなり減ったけど……でも、まあ、嫌いではない。


「まあね」


「桜峠の道の駅にはね、ブルーベリーソフトクリームがあるげん。ウチめっちゃ好きねんて。久々にカズ兄ぃと一緒にソフトクリーム食べたいな、と思ってね」


「へぇ!」


 それはかなり興味深い。ブルーベリーは俺の好物だ。ヨーグルトに入れるのはブルーベリーソースと決めてるし、トーストに付けるのもブルーベリージャムがデフォルトだ。


「桜峠はね、昔は柳田村って言われるところやってん」と、シオリ。「ブルーベリーは柳田村の名産品やってんよ。ブルーベリーでワインなんかも作っとるげん」


「マジか! それ、飲んでみたいな。ジャムもあるのか?」


「うん、ジャムももちろんあるよ。もしかして、カズ兄ぃ、ブルーベリー好きなんけ?」


「実はな」


「えー! もう、早う言ってま! ほんなら夏来たときに連れてったがんに……」


 ……などと言っている間に、車はトンネルを二つくぐり、目的地に到着したようだった。


 正直、道の駅としては小さい方だと思う。しかしその中には特産品が所狭しと並べられていて、飲食できるテーブル席も置かれている。俺とシオリは早速ブルーベリーソフトクリームを注文した。

 最初はシオリも「ウチの分はウチが払うよ」と言っていたが、俺がガソリン代の代わりに奢るよ、と言うと、「それじゃ、お言葉に甘えさせていただきます」とニコニコ顔になった。


 程なくして店員から渡されたのは、ワッフルコーンの上に盛られた、全体的に微妙に青紫色を帯びたソフトクリームだった。てっきりブルーベリーの粒でも入っているのか、と思っていたが、そうではないようだ。


「いただきまーす!」


 テーブル席に座り、俺たちはソフトクリームにかぶりついた。


 確かにブルーベリーのさわやかな風味がする。ソフトクリームの甘さと相まって、なかなか美味い。ブルーベリーの入ったアイスクリームは割と見かけるけど、ソフトクリームはあんまりないよな……


 バリバリとワッフルコーンまでしっかり平らげ、店頭に並んでいるブルーベリージャムとブルーベリースパークリングワインを品定めするように眺めていた俺は、肘をつつかれて振り返り、ようやくシオリが少し深刻そうな顔をしていることに気づく。


「……なに? どうした?」


「例の、火事のことねんけど……」


 ああ。


 もう一つ俺は彼女に頼み事をしておいたのだ。例の、石崎奉燈祭のきっかけとなった、大火について調べて欲しい、と。


「ウチ、図書館に行って調べてん。ほやけど……良く分からんかってんよ。その当時の記録はなんも残ってないげん。一応、明治28年4月と明治38年11月の2回、旧七尾町内は大火に見舞われた記録があるげんね。どの辺りが燃えた、っていう地図も残っとる。でもぉンね、犠牲者数とかは分からんげん」


「記録がないのか?」


「どうもそうみたい。ほやけどぉ、そもそもぉンね、石崎奉燈祭が始まったのが明治22年やろ? その火事は二つともその後に起こっとれん。しかも石崎やなくて七尾町の火事やしぃ、なんも関係ないんでないかなあ」


「……そうなのか」


 確かに、明治時代の資料となると意外に残っていないものなのかもしれないな。その当時は新聞のようなメディアも発達していなかっただろうし。


「うん……それにね、お父んにも聞いてんけどぉ、昔ってぇ、今と違ごてどこでもかなり当たり前のように火事が起こっとったんやって。しかも家が藁葺わらぶきやったりして、すごく燃えやすかったみたいねん。だからすぐに延焼してぇ、大火事になっとってんて。ほやさけぇ、火を鎮めるためのお祭りってぇンね、石崎奉燈以外でもいろんなところで行われてたみたいやよ」


「へぇ……」


 そうなると、過去に石崎で起こった火事も、一概に「謎の存在」が引き起こしたものとも言えない、ってことか……


 でも、やっぱりすっきりしない。どうしても「謎の存在」に確かめたい。それが、ソイツの仕業だったのかどうか。


「早速今日、西宮神社行ってみる?」


 俺の考えを見抜いたように、シオリが言った。


「ああ、もちろんだ。時間は……前回の時と同じくらいがいいのか?」


「たぶんね。ウチ、また巫女装束着てくさけぇ、楽しみにしとってね」


 シオリはそう言って、ニヤリと笑う。


 ……。


 まあ俺も、それが目当てでここに来た、ってところも……無きにしも非ずではあるのだが……


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