5

「え……きゃっ!」


 シオリが小さく悲鳴を上げるのにも構わず、俺は小屋の扉を走り抜け、それを閉める。


 目の前に、夜の八幡神社の境内が広がっていた。


「はぁっ……はぁっ……」


 俺とシオリは、息を切らせながら並んで扉にもたれ、そのままずるずると腰を床まで下ろす。


「カズ兄ぃ……あれは、一体どこなん?」シオリが言う。


 そんなの分かるはずがない。が、俺の中では一つの仮説が出来上がっていた。それを口にする。


「わからん……が、たぶんベトナムだ。それも、ベトナム戦争当時の……」


「ベトナムぅ!?」


「ああ。あそこで飛んでた飛行機は、みなベトナム戦争で使われてたんだ。でも、今は使われていない……」


「へぇ……」


 ぶっちゃけ、俺はかなりの戦闘機マニアだと自負している。その知識が、こんなところで役に立つことになるとは……


 その時だった。


 いきなり、シオリの体がかすかに白く光り始める。


「え……ちょっと、何これ……」そう言いながら、彼女は何度も目をパチクリする。


「目を閉じても字が見えれんけど……『お前は何者だ?』……ウチはヨシダシオリやけど……」


 だが、俺には何も見えなかった。


「カズ兄ぃ、ウチの手を握って!」


 シオリが叫ぶ。俺は即座に彼女の左手を握る。


 ……見えた!


 確かに、ゴシック体で、


 "お前は何者だ?"


 と目の前に書かれている。目を閉じても消えない。答えればいいのか?


「俺はフジタカズヒコ」


 しかし、状況は何も変わらない。


 いや、待てよ……


 ひょっとして、今俺たちに問いかけている「謎の存在」は、文字しか認識できないのではないだろうか。だとしたら、筆談なら会話できるかもしれない。


 そうだ、スマホを使おう。


 スマホを取り出し操作しようとすると、いきなり目の前の文字が消える。


「あれ……文字が消えた?」


「え? ウチは見えとるよ」


 そうか、両手でスマホを操作するのに、シオリの手を離したからだ。どうやら彼女はアンテナ的な役割を果たしているらしい。


「なるほど……やっぱウチがくっついとらんと、文字は見えんげんね」


「ああ。スマホで筆談してみるか、って思ったんだが……片手で持ちながら入力はきついな」


「……これなら両手空くやろ?」


 言うが早いかシオリが俺の胸に抱きつく。


「!」


 って、くっつき過ぎだろ! もう胸の先端どころか全体が……


 だが、それが功を奏したのか文字が再び現れた。シオリに抱きつかれたまま俺はスマホに入力する。


『俺たちは藤田和彦と吉田詩織。お前こそ何者だ?』


 すると、目の前の文字が書き換わる。


 "お前達の言葉で言えば神が最も近いだろう。なぜ私の邪魔をする?"


「!」


 俺たちは顔を見合わせる。同じ文字はシオリにも見えているらしい。


 神、だと……?


 にわかには信じられんが、会話は成立しているようだ。俺は入力を続ける。


『邪魔してるつもりはない。お前こそ何をしているんだ?』


 "私は、ただ私自身を落ちてくる爆弾から守りたいだけだ"


『爆弾から守る? どうやって?』


 それに対する答えは、俺を慄然とさせるものだった。


 "爆弾をここに転送する"


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