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 七尾市石崎いっさき町。海に面した漁師町である。その中程にあるシオリの家は、瓦屋根の二階建てだが、田舎の家らしくかなり大きい。到着するとすぐ彼女の母親のヤスコ伯母さんが出迎えてくれた。


「お久しぶりです、伯母さん」


「あっらー、カズヒコくん、えらい大人っぽくなったねぇ。まんでとても男前やぞいね」


 この人の笑顔はシオリのそれに通じるものがある。てか、むしろシオリがこの人に似てきているのだ。昔はこの人もかなり美人だったらしいが、今では単なる田舎のおばちゃんである。


 一応彼女にも伯父さんの様子を聞いたが、シオリの話と完璧に一致した。だとしたら俺はここにいる理由が全くない。の、だが……


「今夜は和倉わくらの花火大会やしぃ、シオリと一緒に見に行ったらどうや?」


「ええっ? そうなんですか」


「あれ、それに合わせて来たんでないがんけ?」


「いえ、知りませんでした」


ほんなそうなの。もうね、この娘ぉ、今年浴衣新調してんのにぃ、花火行けんくなった言うてぇ、昨日まで泣いとってん。ほやけどぉ、カズヒコくんがおったら、あんたも行くやろ?」


 伯母さんがシオリを見ると、彼女は恥ずかしそうな顔で小さくうなずく。


「う……うん」


「ちょ、ちょっと待って」俺は混乱する。「何で花火行けなくなったの? で、それが何で俺がいたら行けるようになるわけ?」


「野暮なこと聞かんといてま! 聞かんでも分かるやろ?」と、伯母さん。


 いや、そう言われてもマジでわからんのだけど……


「失恋してんわいね、この娘……」伯母さんが言いかけると、


「ちょ! お母ちゃん、やめてま!」シオリがあわてて遮る。


「いいがいね。ほらぁンね、いい機会やさけぇ、カズヒコくんに慰めてもらったらどうけ? なんたってカズヒコくんはあんたの……」


「わー! わー! わー!」


 シオリの妨害で、それ以上伯母さんの言葉は聞くことが出来なかった。


 俺の予想通り、彼女はそれなりにモテて彼氏もいたのだろう。しかし、奇跡的に今はフリーなようだ。だからと言って、別にどうと言うこともないのだが。


 それでも、やはり浴衣の女の子と花火見物、というリア充イベントを体験する機会など、めったにあるものではない。子供の頃にシオリとその兄、ヤス(ヤスヒロ)の三人で一度見ているが、久々に和倉の花火を見るのも悪くない。俺はその話に乗ることにした。


―――


 結局、俺は伯父さんが退院するまでシオリの家に泊まることになった。最初は俺も、市内のネカフェか和倉のビジホにでも泊まろうかと思っていたのだが、シオリ親子が、男手が必要なこともあるから、と言って聞かなかったのだ。ヤスの部屋が空いてるからそこで寝たらいい、と。俺と同い年のヤスは今は金沢にいるのだが、今年は大学のサークル活動が忙しいらしく、夏休みになっても帰らないという。


 だからと言って、年頃の女の子がいる家に若い男を泊めるのも、我ながらどうかと思うが……ま、信頼してくれてる、ってことなんだろう。


 シオリの家から和倉温泉は、近くはないが歩いて行けないほどでもない。早めに夕食を済ませた俺とシオリは、散歩も兼ねて午後六時すぎに出かけることにした。浴衣姿のシオリは、結構ヤバかった。花火大会直前にこいつを振ったこいつの元彼が見たら、きっと後悔したことだろう。


 道すがら、シオリと共通の話題など何もないだろうと思っていたが、子供の頃の思い出話やソシャゲの話などで意外に盛り上がった。そして、俺たちは絶好の花火見物スポット、わくわくプラザに到着した。加賀屋旅館の隣、海に面した広場だ。俺たちはそこで花火が始まるのを待った。


 午後八時過ぎ。ようやく花火が始まった。名物の水中三尺玉はすごかった。わくわくプラザで見ていると本当に目の前で爆発するのだ。衝撃波が体感できるくらいである。


 午後九時過ぎに花火は終わった。俺たちは帰途についた。

 花火の間終始テンション高めだったシオリは、何故か少し沈んだ表情で黙ったままだった。


「どうした、元気ないな。疲れたか?」


 俺がそう言うと、シオリは取ってつけたように笑顔を浮かべる。


「ううん、そんなことないよ」


「でも……なんかテンション低くないか? やっぱ俺とじゃなく、彼氏と行きたかったか?」


「え?」シオリはキョトンとした顔になるが、やがてぶんぶんと首を左右に振る。


なんもやわいね違うってば! そんなんやない!」


「だったら……どうしたんだよ?」


「うん……」


 シオリは深刻そうに顔をしかめる。


「実はね、ウチ……カズ兄ぃに一つ、相談したいことがあるげん」


―――

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