第1-4話 ダブルキャスト
ネイラは近づいて来る気配に気が付いた。気づかれないように、横目で覗くとすぐ傍にスカートのウエストが見えた。顔をあげると音乃と目が合った。音乃は少し硬い笑みを浮かべてネイラの席の横で立ち止まった。
朝礼の自己紹介ではクラス全員が名前と一言の挨拶を述べただけだが、ネイラはその全部を覚えていた。割と物覚えはいい方だ。
あらためて音乃を観察する。
宙井音乃さん。ちょっと太めの眉毛、ぱっちりしたプチ吊り目。鼻筋が通った大人びた顔。セミロングの髪を束ねている。ヘアバンドで押さえているが、髪質が固いのか前髪は膨らんでくしゃくしゃだ。もう少しおしゃれをすれば、かなり人目を引くようになると思う。自分の容姿が解っていないのか、そもそも関心が無いのか。
ボルダリングが趣味とか言ってたっけ?身長は高めで、陸上選手のようにバネのありそうな体つきだ。割と押しが強そうな印象。いかにも出来る女っぽい。でも、気さくな雰囲気だ。宇宙船のパイロットが将来の夢とか。そこは同じだが、多分あたしの方が機会に恵まれている。
ネイラは両手を机の上に投げ出し、何かを抱え込むように腕を組んだ。セラミック製の腕が机に当たってコツンコツンと硬い音をたてた。
沈黙のお見合いは避けたい。ネイラが先手を取った。
「宙井さんやった?なんか用?」
「別に用は無いけど、ちょっとお話したいなと思って」
近くで見るネイラは、不思議な感じだった。ありふれたロボットなのだが、生きてる感じがする。切りそろえた銀の前髪、目が少し離れている感じがする。小ぶりな鼻、アヒル口。素材感がある透き通った真っ白な肌。瞳は紫がかかったブルーだ。やや派手な作りだが綺麗な顔。しかし、市販品にしては個性的というか癖がある。
「宙井さん、あたしのこと平気なん?」
「え?平気ってなんのこと?」
「これよ!」
ネイラは頭を突き出した。透明なヘルメットの中にコードが突き刺さった生々しいむき出しの肉塊が入っている。
「ええと……」
音乃はきまり悪そうに人差し指で頬を引っ掻き、眼を宙に泳がせた。どう反応すればいいのか。馬鹿正直にキモいとか言えばいいのか?いや、初対面の相手にそれは無いだろう。シワがたくさんあって賢そう?いや違う。美味しそう?ブラックジョークはもう少し親しくなってからにする。今は危険すぎるだろう。しかし、ネイラの態度を見ると突込み待ちの可能性がある。相手は大阪人なのだ。だとすれば、もうひとひねり必要かも……。
音乃は正解を探してあれこれ考えた。ふと気が付くと、ネイラが下からいたずらっぽい目つきで見上げている。こちらの反応を面白がっているようだ。
ネイラはおもむろに右手を差し出した。
「ネイラ=スカイリンや。ネイって呼んでな」
音乃はネイラの手を握った。
「宙井音乃よ。じゃあ、私はノンって呼んでね」
音乃はネイラの前の席に横座りし、背もたれに腕を掛けた。ネイラの方を向くと、同じ方向から視線を感じた。その元を辿ると、ネイラのガラスのヘルメットの前に、空間投影でカートゥン風の目玉が浮かんでおり、音乃を見ながらニコニコしている。なんだこれ?
「あの、こちらの方は……?」
音乃は中空の目玉を指さして聞いた。
「ああ、これはあたしのカラダの制御AIのノウちゃんや。脳みそに目玉がついてるみたいやろ?だからノウちゃん。仲良くしたって」
言われてみれば、ヘルメットの中の物体に目がついているように見える。仲良くって言われても、これはネイラから独立した存在なのか?
「ノウちゃんもよろしくって」
「ノウちゃんって、その脳みそ?そっちがネイの本体なんでしょ?」
「そうやで。でも、ビジュアル的にはこの方がしっくりくるやろ?よくアニメの主人公にマスコットの動物が付いてるやん。あれの代わりよ」
音乃は思った。この子、主人公志向か。これは手ごわい。派手さはで勝ち目はないが、踏ん張りどころだ。主人公は私でなければならない。
ネイラは説明した。
「知ってると思うけど、あたしたちは宇宙で暮らすために機械の身体になってるけど、数年後には生身に戻るねん。あまり時間が無いから、リハビリに時間をかけるわけに行かん。ボディの方に、自律したロボット並みのAIが搭載されてて、脳の信号をマッピングして動かしてんねん」
音乃が言う本物のサイボーグというのはこの部分のことで、リハビリには大変な苦痛と時間が伴うと聞いている。これを避けるためのシステムだろうが、ラジカルすぎるのではないか。もともと脳とは、身体を動かすための器官であって意識や人格はある意味副産物である。AIも人体を動かすレベルになると、、本質的なことは解らないが人格に近い反応を示すようになる。つまりAIとはいえ、一つの身体に二つの人格が同居するのだ。想像するだけでも気味が悪い。短期間とはいえ自らの肉体をこのように改造するとは、よほど強い使命感と精神力が必要なのだろう。
「まあ、ノウちゃんの身体にあたしが間借りしてる感じやね。例えば寝坊するやん?学校まではノウちゃんが体を動かしてくれるから、それまで寝てられるんやで!」
ネイラはニコニコしながら話しているが、ノウちゃんは諦めた風の困り眉である。
「はぁ?」
マジか。AIに呆れられるとは、何というテクノロジーの無駄遣い。この子、ちょっと軽すぎるぞ。しかし、ここまでの話だと事故や病気でサイボーグになったわけではなさそうだ。宇宙で暮らすと言っていたが、それは多分月のことだ。両親は先に月に行っているというから、二人ともムーンピープルになっているのだろう。だが一緒に暮らすとしても、生身のままでも不自由はないはずだ。月面都市も、そこそこの面積の恒久的気密区画が完成している。月面で暮らす人が全員ムーンピープルというわけではない。成長期の子供がわざわざ改造される必要性は感じられない。というか、全身の改造は法律で年齢制限があったような?
「でも寝坊するためにムーンピープルになったわけじゃないんでしょ?」
いよいよ本題だ。音乃はムーンピープルくらい知ってる、というアピールでわざわざその言葉を使った。
ネイラは座り直し、待ってましたと言わんばかりに胸を張った。う、なんかムカつく。
「再来年に、月に外宇宙探査船の乗組員を育成する、宇宙探査大学が開校するんや。そこを卒業すれば、建造中の深宇宙探査船の乗務員に任官される。最初のミッションは木星行きが予定されてるから、地球を離れたら10年以上は宇宙暮らしで戻ってこないと思う。だから思い切ってムーンピープルになったんや」
どやぁ!
謎が解けてみれば、聞きたくなかった。同級生がそこまで先に進んでいるとは。
音乃の宇宙船パイロットになるという夢は、思い出せないほど昔からの目標だ。思い込みすぎて、そうなるのが当たり前と勘違いしているくらいだ。ゆえに、ただ流されているように見えるクラスメートより、一歩先んじていると思っていた。具体的な行動は、3年生になるまでに起こせばいいと。音乃は一気に取り残されたような気持になり、強い焦りを感じた。
「へ、へぇ。し、しっかり将来のことを考えてるんだ?が、がんばってね!」
「ノン?どうかしたん?」
ノウちゃんはいつの間にか消えていた。ずっと出っ放しというわけではないらしい。
その夜。音乃は布団の中で思案を巡らせた。
ネイラは明るくていい子に思えた。ちょっと憎めない所もあるが、ライバルという事になる。しかし、目的は同じでもネイラのアプローチを追いかけるのは難しいだろう。
勝負はこれからだ。絶対あの子には負けたくない。どうすればいいのかは皆目見当がつかないけれど。
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