第1-3話 月世界人

瑞木先生は静まり返った教室を見渡した。全員が好奇の目を、白い随行者に注いでいる。

瑞木先生は上機嫌に、幾分テンションの高い声で話し始めた。

「入学が遅れましたが、今日からクラスに合流するネイラ=スカイリンさんです」

教室の後ろの方からは、ネイラの特徴的な頭部に気が付かない生徒は、アンドロイド相手に何を言っているのかと、けげんな顔をしている。

「スカイリンさんは色々事情がありますが、16歳の高校2年生、女子です。仲良くしてください」

まあつまり、一応外見通り?の中身という事か。

瑞木先生はおもむろにディスプレイの方を向くと、CYBORGと書き込んだ。

「身体を機械に置き換えた人のことを、サイバネティクス・オーガニズムの略で、サイボーグといいます」

瑞木先生は、その下に並べてCYBAUGと書いた。

「近年では再生医療が進歩したので、病気や事故で身体に機械を入れる人は少なくなりました。ですから最近は綴りを変えてサイバネティクス・オーギュメンテーションというようになりました。人間の能力拡張という意味ですね」

音乃の隣の男子が手をあげた。

「スカイリンさんは何かすごい超能力があるんですか?」

瑞木先生はネイラにアイコンタクトを送り、返事を促した。サイボーグの少女は少し考えるようなそぶりをした後

「1200度まで耐えられます」

地味だ。

流暢だが、関西風のイントネーションだ。外人でサイボーグで関西弁って、ちょっとキャラが濃すぎないか?声自体は可愛らしいけれど普通だった。音乃はもっとロボティックな声を期待したのだが。

教室中から、おおっ!という声が上がった。心からの感嘆という感じではない。社交辞令というかなんというか。確かに凄いには違いないけれど。

期待外れの空気を読んで、瑞木先生が取り繕うようにネイラに自己紹介を勧めた。

「今までどんな所に住んでいたのかしら?差しさわりのない程度で教えてくれない?」

外見からは人種などは解りにくいが、名前からして日本人ではあるまい。天海島には世界各国を巡り歩いている人々が集っている。音乃も生まれこそ日本だが、小学校の数年間は海外暮らしだった。

「この間までは、大阪に住んでました。その前は中央アジアを転々としてました」

んー、やっぱり。

ネイラは堂々としていて、物おじしない性格のようだ。好感が持てる。他のクラスメートも大体の事情を察したようで、ネイラの家族が世界を巡っている理由を聞きたそうだ。

「父は建築家です。中東で仕事をしていた時にあたしが生まれました。でも、あたしはすぐに重い病気になってしまったんです」

聞いたことがある。致死率が高く強い感染力を持った未知の疫病が中東で発生したのだ。いくつかの町が全滅したという。しかし、不幸中の幸いというか、余りの致死性の高さから、感染者はすぐに亡くなった。その結果、広範囲には広がらず、短期間で終息したのだ。

「記憶にはないけど、酷く重い症状で生死の境を彷徨うことになりました。この病気にかかった人は、ほぼ全員が命を落とすことになったそうです。そしてあたしは……」

ネイラが言葉を切った時、瑞木先生が口をはさんだ。

「じゃあその時に?」

終わりを濁したが、サイボーグになったのかと。

「いえ、幸い治りました」

「治ったんかい!」音乃は言葉に出さず突っ込んだ。

「奇跡的に後遺症も全くなく、両親は大変喜んだそうです。しかし病気が恐ろしくなったそうで、許可が下りるとすぐに出国しました。そして中央アジアでのプロジェクトに参加したんです」

音乃はスカイリンという名前を思い出した。

ニュースか、何かの読み物で見かけたのだ。上の名前は思い出せなかった。たしか、普通の建物ではなく、荒地や極地のような特殊な環境用のシェルターを設計する専門家だった。その道の有名人なのだろう。

ネイラは続けた。

「あたし達の家族は急峻な山岳地帯に住んで、一帯の開発工事をしていたのですが、その時に大きな地震が発生したんです」

世界の屋根と言われるヒマラヤだが、これはユーラシアプレートとインドプレートの押し合いによって生まれている。世界屈指の地震多発地帯だ。

「あたしが寝ているときにアパートが倒壊しました。父の方針で現地の一般的な住居に住んでいたんですが、単純に石を積み上げただけの構造だったので、ひとたまりもありませんでした」

「酷い……。じゃあその時に?」

瑞木先生は両手で口を覆って呻いた。

「それが不思議なのですが、気が付くと、家の外の道路で横になっていました対した怪我もなく済みました。でも翌日まで救出されず、寒かったので、たいちょうをくずしました」

瑞木先生の暗い期待は外れた。

「この地震のために、父が働いていたプロジェクトは中止になりました。そして、今度は東南アジアの島嶼を結ぶ海底鉄道の建設に……」

ネイラの話はまだ続いたが、要するにこの後テロ事件に巻き込まれて九死に一生を得る、乗っていた船が沈没してサメに囲まれたところを救助される等々。この子、何が起きても死なないんじゃないのか。不思議なのは、救出の際事故現場以外で見つかることが多いようだ、テ少し離れた安全地帯になぜか移動している。テレポート能力でもあるんじゃないのか。

ここまでで、サイボーグになったいきさつの説明はなかった。不幸な出来事で、機械の身体になった少女に同情しようとしていた瑞木先生の想いは宙ぶらりんになった。

一通りネイラの話が終わると、クラスの女子の手が上がった。

生徒会役員で少し意識が高い子だ

「スカイリンさん機械の身体になるのなら女の子になる必要はなかったんじゃないですか?単純に男子のほうが身体が大きいから、機能もつめこめたのでは?なんだかんだ言っても、まだ、男のほうが人生の選択肢は多いと思います」

サイボーグフェミニズムというやつか。

ネイラは、一瞬考えるようなしぐさを見せたが、すぐにこたえた。

「確かにそういう考えもありますが、私の場合数年後には、人間に戻ることのなっています。また、あるがままの自分でいたいと考えていますので、女性の容姿受け入れたいと考えています。あと、能力の限界も」

事情によるとネイラの両親は現在、月面開発プロジェクトに招聘されて月に行っている。

ネイラは手続きのミスがあって、月のビザが発給されず地球に一年間滞在しなければならくなった、という事のようだ。

瑞木先生とは異なり、音乃は大体の事情を察した。音乃はネイラに興味津々になった。


昼休み。

ネイラの席は音乃の斜め後ろの窓際に決まった。頬杖を突いて、外の景色を眺めている。ネイラの周りには誰もいない。クラスメートは反対の通路側に集まり、ネイラを遠巻きに眺めてひそひそ話をしていた。ネイラは背中に皆からの視線を感じているが、気が付かないふりをしていた。

高見繭子先ほど質問した。意識の高い少女だ。巻き毛がトレードマークだ。フィジカル男子に劣らない音乃を慕っているようだ。まだそれほど親しくなってはいないが、新クラスの中ではよく話す方だ。

「すごいねぇ。私サイボーグって初めて見たよ」

繭子がちらちらとネイラに視線を送り、音乃に耳打ちした。

「そう?ロブ4のコンビニでたまに見かけるけど?」

天海島に接岸されているメガフロートはロブと呼ばれ、現在は1から6までがある。ロブ4はロケットの打ち上げ待機所と管制センターが集まっている。

「それにあの子、一生あの身体のままの、本物のサイボーグじゃないわ。ムーンピープルだと思う。聞いたことない?」

「ムーンピープル?知らないわ」

繭子は怪訝な顔をした。

「極地とか宇宙とか。危険な場所で働くときに中枢をロボットの身体に移植した人のことだよ」

「あー、聞いたことある。動画で見たことあったけど、アンドロイドだと思ってた」

「本当のサイボーグだったら、外見も人間そっくりに造るでしょ。それに、脳みそが見えてるじゃん。外見がロボットと変らないから、一目で解るようにしてるのよ。あと大事な部分だから、目視で異常が無いか確認できるようにしてるわけ。つまり、実用向けの産業用ボディってことね」

音乃が集めた資料の中に、月面開拓者の募集要項があった。現在、月で発見された大空洞の中に、都市が建設されているのだ。しかし、まだ気密区画が十分に広くないため、人間の方を空気なしで活動できるように拡張しているのだった。すでに1万人ほどがムーンピープルとなって働いている。

募集は成人で学位も必要なため、まずは進学しなければならない。 音乃も気に留めてはいたが、さすがにサイボーグになるのは気が引けた。

「月で働いてる人が大部分だから、あのタイプのサイボーグは全部ムーンピープルって呼ばれてるらしいね。たしか、任期は4年で、地球に戻ったら冷凍保存してある元の身体に戻るらしいよ」

繭子は目をくるくるさせた。

「うーん、私はちょっと怖いな。それに、子供のサイボーグって聞いたことが無い。大人になったら大きい体に改造するの?」

「高校生くらいになったら、体の大きさは大人と大差ないんじゃない?大人になっても大して成長しない人もいるし。瑞木先生とか」

音乃はさり気に酷いことを言う。

「でも、確かに高校生のムーンピープルなんて珍しいと思う。いきさつを知りたいわ」

繭子は少し不安そうだ

「聞いてみる?」

「私、友達になろう!」

音乃はクラスメートの群れからネイラの席に歩いて行った。


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