第1-2話 白い転校生

 最初の印象は、「白いなあ」だった。


音乃がロケットの打ち上げから家に戻るころ、白々と夜が明けてきた。

家に入る前に、泥だらけになったジャージの上着を叩いた。土の斜面にもたれていたからだ。興奮が覚めやらなかったので、時間に余裕はあったが走って帰ってきた。

タオルを持って行かなかったので、汗だくである。そのまま浴室に入りシャワーを浴びた。ほどなく台所の方から人の気配がした。お父さんの足音だ。

オレンジジュースとトーストで朝食を済ませ、学校に向かった。落ち着いてくると眠気が襲ってきた。昨夜はロケットの打ち上げが楽しみで寝られず、ウトウトしたところで時間切れとなった。仮眠で3時間と言ったところか。

天海高校2年1組。

音乃はふらつきながら席に着き、そのまま突っ伏した。席は教壇から2列目、居眠りはすぐばれる。

天海高校は公立だが、島に勤務する人々の子女のための学校である。

人間の社会を維持するために、あえて自動化しない部分もあるが、強度の高い肉体労働はドローンやロボットが肩代わりするようになった。天海島に居住しているのは学者や技術者、そのスタッフが殆どだ。この島にいるだけで、家庭的にはある程度選別が行われており、ちょっとしたエリート校になっている。


良い天気だ。開け放った窓から入る風はやや冷たい。しかしエアコンが必要のない、爽やかな短い季節である。

まだ新年度が始まって間もないので、クラスの中にグループもできていない。一年から同じクラスだった子とは、あまり話したことが無かったので、音乃は「一人きり」を満喫していた。他人に話を合せるのは苦痛だったが、かといってボッチでいるのもいい気分ではない。変に突っ張って見えるので、それはそれで子供っぽいと思ってしまう。

音乃にとって悩みのほとんどは人間関係なのだが、今はそんなことに煩わされないでいられる。これも短くて好ましい季節だった。


音乃は今朝の打ち上げを思い返した。宇宙船のパイロットになるには、そろそろ動き出さなければならない。どこから手をつければいいものか。まず両親に本気であることを告げ、情報収集。いや、情報を集めるのが先か。

音乃の父は海洋学者だが、冒険家肌ではなかった。フィールドワークはあまり得意ではないようだ。母も同じジャンルの研究者だが、こちらは真逆で現場志向である。海底開発には潜水服から発達した巨大なパワードスーツが必須である。音乃の母は、このスーツのパイロットであった。父とは名コンビだそうである。自分たちは危険な深海底をフィールドにしているのに音乃の宇宙進出に反対するのは理不尽である。とおもう。宇宙にも、開発用のスーツがあるが、音乃は操縦スキルで母に劣るとは思っていなかった。若さで勝つ。これである。音乃は闇にたいする耐性があった。闇に向かうと 、その向こう側を感じることができた。それがいつしか天を仰ぐようになり、暗い星空の向こうに夢を飛ばすようになったのだ。

20世紀の映像作品を見ると、21世紀の初頭には、人類は木星に到達したことになっている。衛星軌道には車輪のような宇宙ステーションがあって、月面には立派な基地がある。

100年以上遅れたが、現在は宇宙開発ラッシュである。木星はまだ遠いが、衛星軌道にも月面にも大規模な構造物が建築中だ。これは、建設用に大量のロボットが投入されるようになったためで、小さなカプセル状のステーションを素っ飛ばし、いきなり巨大開発プロジェクトが開始されていた。これは海洋開発も同じで、細々と積み上げてきた研究の成果が開花したのだ。

軌道ステーションまでは、もう一般的な観光もできるようになっている。ここ数十年の人類の進出はすさまじい。音乃は20世紀のSF映画や小説を興味をもって楽しんでいる。宇宙人との接触もないし、超光速航法もいつになるか解らないが、今、人類は一世紀前の物語で語った、過ぎ去った未来を回収しようとしているのだ。


とりあえず、音乃のプランは一度宇宙旅行に出かけることだった。貯金を始めているが、高校生のバイトではたかがしれている。

音乃のバイトは、天海島のスタジアムのメンテナンス・スタッフである。掃除や案内などだ。役得は試合やコンサートがタダでのぞき見できることだ。バイト料は安いが娯楽に使うお金が浮くので助かっている。夏には音乃が大ファンの「Spacie」が島にやってくる。天海島にあんな大物歌手が来ることはめったにない。すでにチケットは完売である。音乃も購入済みだが、プレミアムシートは当たらなかった。

お金を貯めるには働かなければならず、働けば勉強している暇がない。

22世紀には五感の全てを利用したVRが実現している。メタバースで現実と異なる人生を楽しむことができるのだ。

「だから何?」

別の人生といっても、持ち時間が2倍になるわけではない。限られた時間でやることが増えるだけである。

「時間を増やす方法は無いかなー?」

音乃の頭は、くだらない問題をぐるぐると巡り続けた。きっと寝ぼけているのだ。


チャイムが鳴った。朝のホームルームである。

「おはよう!」

クラス担任の瑞木(みずき)先生がスイングドアを押し開けて入ってきた。教師になってまだ2年目。服装を合せれば女生徒に混ぜても解らない。容姿ではなく、物腰とかしゃべりとか。たどたどしくて、生徒の方が心配してしまう。しかも天海島に赴任してきて、今回が初めての担任なのだ。どこにでもいるごく普通の社会科の教員なので、様々な分野の専門家が集まっている島の住民の中にあっては、万事素人臭くて浮いた感じがする。まあ、そういう雑多な社会常識を生徒のに教えるのが、彼女の仕事である。雑学担当とかげ口を叩かれている。


教室は開放的な構造だ。建物の内向きはパーテーションで区切られており天井は抜けている。

瑞木先生の後ろに人影があった。人影に気づくと教室のざわめきが消えた。音乃は顔をあげたが、目が乾いてよく見えない。

「白いなあ……」

人影の部分だけ、描き残した絵のように白く抜けている。音乃は目をこすった。ピントが合うと、それは白い女性型のロボットだった。並んでいる先生と比較すると、背丈は音乃と同じくらいだ。


特に珍しいものではない。接客から労働用まで広く使われているアンドロイドだ。一瞬、建物のメンテナンス用に配備されたのかと思った。しかし、妙な違和感がある。

いかにも高級機といった風情だ。ボディーアーマーを模した外骨格のハードスキンのスリムな身体。顔は多分オーダーメイドの生っぽい肉面。整った顔立ちだが、少し幼く見える。ただ、素材のせいかビスクドールのように真っ白だ。こんな顔は作業用には不似合いだろう。透明なヘルメットをかぶり、縁からは青みがかかった銀色の髪が長く垂れさがっている。

「ん?」

音乃は違和感の正体に気が付いた。透明なヘルメットの中身だ。そこには、無機質な機械の身体におよそ不釣り合いな生々しいものが鎮座していた。

「サイボーグ!?この子人間だ!!」

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