第4話 ゲームでの名前ってどうしてますか?
その夜、紀本が部屋にやって来た。
玄関のチャイムが鳴る。
わたしは玄関口に立った。
長身で痩せた紀本がケーブルの絡まった機械を手に笑っている。それに彼は差し入れも持って来ていた。カップ麺にジュース、それにピザポテトだ。
「必要だろ?」というようにビニール袋を手に彼が眉を上げた。
わたしの部屋の液晶テレビはHDMI接続なので変換プラグが必要だった。紀本は抜かりなく全ての接続をものの五分と経たずに完了してくれた。
彼に異世界の秘密を教えたくもなる。だが、人に聞かせられない恥ずかしい呪文がネックとなって、結局は教えられなかった。
「さあ、ひさひと」と紀本がわたしにコントローラーを持たせた。
「エニックスという会社が何十年も前に発売したゲームソフトだよ。古臭さは一切感じさせない。それどころか、結構新しいぜ?」
「ゲームはあまり得意じゃないんだ」
「馬鹿でも出来るって」と紀本が立ち上がった。それから言った。
「それがゲームだろ?」
彼は台所に立ち、薬缶を火に掛けた。わたしは彼が好きだ。わたしの部屋のものは全て彼の自由にしてくれて良かった。
ゲーム機のスイッチを入れ、わたしはやり始めた。
ドラゴンクエストだ。
まず名前を決めなければいけなかった。わたしは迷った。いつものように「ひさひと」にする手もある。名前で迷っていると、カップ麺に湯を注ぎ終わった紀本が割り箸を咥えながらわたしの横に座った。「ひさひとでいいじゃないか!」と彼がいう。
「いい名前だと思うぜ?」
決まった。名前は「ひさひと」だ。わたしはやり始めた。
それにしても、とわたしは思った。
ナターシャやギブソンの世界はどうなったのだろうか?
反乱軍のリーダーでも別に良かったが、北欧のひっそりした感じが懐かしかった。あの後で、わたしは見事に共和国軍の戦艦を撃墜し、祝杯の宴の席で突然襲いかかって来た共和国軍ゾンビも圧倒的な火力でねじ伏せてもいたのだ。
だが、世界にあまりにも長居し続けると、徐々に出来事は困難に成り代わることを忘れてはいけない。
だとしたら、わたしはナターシャやギブソンの世界で困難に立ち向いたかった。一度失敗した世界でやり直すのは勇気がいることだったが、わたしはその自信を取り戻しつつあった。今なら淀みなく呪文を唱えることが出来るだろう。
明日だ、とわたしはゲーム機の画面を見つめながら思った。
紀本はわたしの横で食後のピザポテトを食べている。テーブルの上のグラスには並々とジュースが注がれていた。コーラの炭酸が立ち上がっては消えていく。
明日また押入れの中に入って挑戦してみよう。
「ひさひと! お前って本当にゲームが下手くそだなぁ!」と紀本が笑う。
わたしが壁にぶつかって階段に入れないのを紀本がからかったのだ。
いつか紀本にも秘密の呪文を教えきれる日が来るだろう。そうしたら、一緒に冒険することが出来る。
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