第2話 異世界からかえって
次の夜もわたしは押し入れに入っていった。
眠かったが、アドベンチャーの魅力には勝てなかった。
それに、わたしはギブソンの信頼も徐々にだったが勝ち取っていた。蔑むようにわたしを目の端で捉えるだけだったギブソンが、あるクエストが終わった後に足元に近寄り、わたしが履いている靴の匂いを嗅いだのだった。
靴は道具屋で3ペニーで買った薄い皮膜の量産品だったので、それを買い換えろという彼のアドバイスだ。
その日のクエストは隣街で暴れている竜の子供を追い返せというものだった。
わたしとギブソンは向かっていった。始めは棍棒だった武器も徐々にグレードアップしている。
わたしは刃物を手にしていた。ギブソンには鉄の爪だ。
腰袋に毒草も入っていて、局面に差し掛かった時にギブソンにその毒草を引っ掻かせれば、敵に継続ダメージを与える攻撃へと変化させることが出来る。
だが、ナターシャが言った。「毒を得意とする敵もいるから気をつけて」
「毒が栄養になるってこと?」とわたし。
「ええ」と弾けんばかりの笑顔だ。「毒でもりもりと回復する怪物がいるわ。出てくるのはまだ先の話になるんだけど……」
「どんな怪物なの?」
「雑魚敵よ。だけどそういった敵もいるから、むやみやたらに毒攻撃は良くないわ。相手の特性を見極めて、その都度、適正だと思う攻撃に切り替えなくちゃ」
ナターシャが風車小屋の向こう側を指差した。
わたしには何も見えない。
ナターシャ「向こうに行けば格闘本館があるわ。実践練習も出来るし、戦闘に関する本がいくつか置かれているの。死んでも大丈夫。道場の人たちは回復魔法を使えるから……」
「魔法? この世界には魔法があるの?」
「あなたには魔法の素質はないわ。だけどその素質を持った人間がいるってこと」
「自分は刃物を振り回すだけ?」
「格闘術も習いたい?」
聞くまでもないではないか。「習いたい」と答える。
ナターシャがわたしの背中を叩いた。強烈な一撃だ。
彼女はケラケラと笑い続ける。
「まずは今日のクエストをこなさなくっちゃ!」
隣街に徒歩で辿り着いたわたしとギブソンは、竜の子供に追い立てられている町の女の悲鳴を聞きつけた。
金切り声で助けを呼び求めている。
街の男たちは弱虫だった。
彼らは自分たちのくだらない明日が惜しくてたまらないのだ。
ギブソンが走り出した。
群からはぐれた所を人間に見つかって酷い虐待を受けていたギブソンは、とある武術家に命を救われていた。以来、人間に対して従順を誓っていて、取り分け弱者に対しての反応は過敏だった。
とはいえ、転生世界でのクエスト攻略の鍵はわたし自身にある。ギブソンはその助けをするだけで、結局はわたしが大部分を頑張らなければいけなかったのだ。
ギブソンが建物の角を曲がり、わたしも後を追って駆けつけた。
わたしの目に飛び込んできたのは、体長が二メートルはあるかのような巨大なトカゲのような生き物だった。背中に二つの羽が生えている。皮膜が空気を切り裂き、揚力ではなく自分自身の力で飛び立つことが出来るたくましい生き物だ。目には何の感情も宿っていない。早くしなければ助けを求める女を引き裂かれてしまう。
わたしは女との間に立ちはだかり、刃物を使ってその竜の子供を追い返そうとした。倒す必要な無い。追い返すだけでいいのだ。
その時、竜の口がカッと光ったかと思うと、わたしはギブソンと女共々強烈な光に包まれて意識を失ってしまった。
何の記憶も無い暗闇が広がっている。すぐに自分が押入れの中でぶつぶつと独り言を喋っていることに気がついた。
その日はそのまま眠りについた。
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