乙女の帰還(11)
「このマスクを外してくれ」
にゅうめんマンが言うと、管長は言われたとおりに三輪さんのマスクを外した。今や管長の頭はにゅうめんのことでいっぱいであり、日本を支配することなどは考えておらず、その目的のためにマスクを通じて三輪さんをコントロールする必要ももうない。こうして三輪さんは管長の支配から解放された。――役目を終えると、管長はまた黙って階段を下りて行った。
マスクを外した三輪さんの顔をにゅうめんマンが確認すると、青あざの他に怪我はなさそうだった。だが、あざだけであっても専門家に診てもらった方がいいだろう。
「ここはこんなに大きな施設だから医務室の1つや2つはあるんでしょう?行って診てもらいましょう」
そう言って、にゅうめんマンは三輪さんに診察を受けることを勧めた。だが、三輪さんはそれに答える代わりに言った。
「……私は、あなたに合わせる顔がありません」
「え?」
「私はこれまで、みんなからにゅうめんを取り上げる活動をしていたのですし、あなたに暴力をふるったりもしたのですから」
「何かやむを得ない事情があったんでしょう。そうでなければ、三輪さんがそんなことをするはずはありません」
少し考える素振りを見せてから三輪さんは言った。
「これは言い訳ですし、言っても信じてもらえないかもしれません。でも、どうしても伝えておきたいんです。私がこんなふうになったのは、大怪我をして死にかかっていた、あなたの命を助けるためなんです」
「信じますよ」
にゅうめんマンは答えた。
「そんな簡単に?」
「三輪さんの言うことですから」
「それは本当にありがたいんですけど、もし私がうそをついたり、間違ったことを言ったらどうするんですか」
「そのときは、僕はだまされたり、間違ったことを信じたりするでしょう」
「にゅうめんマンさん……」
三輪さんは突然にゅうめんマンを抱きしめた。体の温かさと柔らかな感触が伝わって来る。にゅうめんマンは思いがけない展開にドキドキして、天にも昇る心地がしたが、なるべく平静に、三輪さんにたずねた。
「三輪さん。この組織を出て、元の家に、研究室に帰って来てください。それで、また朝の海岸を一緒に散歩しましょう」
「はい」
「やった!」
にゅうめんマンは小さくガッツポーズをした。
「それじゃあ、積もる話はありますが、まずは医務室へ行きましょうか」
「はい。よろしければ、その後でその積もる話をしませんか。にゅうめんでもすすりながら」
「願ってもないことですが、今はまだにゅうめんが禁止されているから、どこにも材料は売っていないし、飯屋へ行っても出してもらえませんよ」
「にゅうめんマンさんのおうちには、にゅうめんの材料があるんでしょう」
「はい。僕のうちに来るんですか」
「ご迷惑でしょうか。もちろん無理に押しかける気はありません」
「迷惑だなんてとんでもない」
「これまでとんでもない迷惑をかけたお詫びに、私に調理させてください」
「ほんとですか。嬉しいな」
「ええ。にゅうめんマンさんさえよければ、毎日作らせていただいてもいいんですよ。――住み込みで」
「!」
この提案に、にゅうめんマンは飛び上がって喜びそうになった。だが1つ重大な問題に気がついた。
「僕は三輪さんと一緒に暮らせるなら死んでもいいと思っていますが、残念ながら1つ大きな問題があります。ご存知かもしれませんが、僕は誰にも素顔を見せることができないんです。理由が説明できなくて申し訳ないんですけど……」
「顔を見せなければ一緒に暮らせないなんて誰が言ったんですか。それに、時間がたてばその問題も解決するかもしれません」
想像以上に前向きな三輪さんの言葉に少し驚いたが、すぐに、エキサイトしたにゅうめんマンは答えた。
「……そうですね……そのとおりです!三輪さん、僕のうちへ来てください」
三輪さんはほほ笑んだ。にゅうめんマンは三輪さんの体を強く抱きしめた。
(終わり)
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シャカムニの使者☆にゅうめんマン 奥戸ぱす彦 @vulgaris
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