にゅうめんマン最大の敵(10)

にゅうめんマンとの戦いで失神した多麻林は、夢を見た。


――多麻林はまだ子供で、父と2人、ちゃぶ台をはさんで自宅の居間に座っていた。

「今日の夕飯はひやむぎだよね。楽しみだなあ」

 季節は夏。この日の献立は多麻林の好物のひやむぎだった。父と一緒に待っていると、すぐに母が台所から3人前の料理を運んで来て、ちゃぶ台に置いた。


「……母ちゃん、何これ」

 目の前に置かれた食べ物を見て、多麻林は母にたずねた。

「夕飯だよ」

「それは分かるけどさ。これ、にゅうめんだよね。今日の夕飯はひやむぎのはずだったのに、なんでこんなしゃらくさい料理に変わったの」

「……」

 母は黙して答えない。困惑した多麻林は父にたずねた。

「ねえ、父ちゃん。今日のメニューはひやむぎだったはずだよね」

 しかし父も黙っている。

「父ちゃんまでなんで黙ってるんだよ。ひやむぎはどうなったの」

 父を責めるように多麻林は言った。この事態にはどうしても納得がいかなかった。

「何とか言ってよ!」


ここで多麻林が改めて父の顔を見ると、声を殺して泣いていた。父が泣くのを見るのははじめてだった。

「……ひやむぎは、にゅうめんに負けたんだよ。これからは、うちでもひやむぎの代わりににゅうめんを食べることになる」

 言葉を絞り出すように父は言った。

「そんな!ひやむぎが負けるはずない。ひやむぎは最高の食べ物だって、めん類界のマイケルだって、父ちゃんいつも言ってたじゃないか!本当にひやむぎがマイケル・ジャクソンみたいな優れた存在なら、どうしてにゅうめんなんかに負けるんだよ!」


「――お前に1つ話しておかなければならないことがある」

 多麻林の目をまっすぐに見つめて、父が言った。

「何?」

「父ちゃんがマイケルと言ったのは、歌手のマイケル・ジャクソンではなく、バスケットボール選手のマイケル・ジョーダンのつもりで言ったんだ」

「この際どっちでもいいよ!」

「ついでに言うと、父ちゃんはマイケル・ジャクソンよりもむしろジャネット・ジャクソンの方が好きだ」

「それもどっちでもいいよ。話をごまかすなよ、父ちゃん!俺はひやむぎが好きなんだ。ひやむぎが食べたいんだ!ひやむぎが、にゅうめんなんかに負けるもんか!」


   *   *   *


そこで多麻林は目を覚ました。夢から覚めたばかりで頭が働かず、一瞬、状況が分からなったが、すぐに、自分が「ひやむぎエクスプロージョン」を使ったことを思い出し、そのせいで気を失ったことも把握した。


むっくりと上体を起こすと、前方にあぐらをかいて座っているにゅうめんマンの姿が目に入った。しんどそうな顔をしてはいるものの、見たところ無事であるらしい。つまり、最後の切り札「ひやむぎエクスプロージョン」をもってしても、にゅうめんマンをやっつけることはできなかったのだ。何というタフな男だろう。この技が通用しなかった今、体力も霊力も使い果たした多麻林がにゅうめんマンに対抗する手段は、何1つ残っていなかった。

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