にゅうめんマン、悪の教団に乗り込む(20)

にゅうめんマンは副管長から言われたとおりに寺務室を訪ねた。ノックしてドアを開けると、そこは役所の一室みたいな部屋で、寺務員とおぼしき数人の坊主と尼が事務机で仕事をしていた。尼の1人がにゅうめんマンに声をかけた。


「こんにちは。にゅうめんマンさんですね」

「はい」

「三輪素子さんとの通話をお望みだとうかがっています」

「そのとおりです。お願いします」

 すると寺務員はどこかへ電話をかけ、相手にごく簡単に用件を伝えてから、にゅうめんマンに受話器を手渡した。


「もしもし。にゅうめんマンです。三輪さんですか」

 ちょっとドキドキしながら、にゅうめんマンは受話器に向かって尋ねた。

「はい。三輪です」

 電話の相手は応えた。もちろん副管長のホーネットが副管長室から話しているのだ。だが、それが紛れもない三輪さんの声だったので、にゅうめんマンは三輪さんの無事を知って胸をなで下ろした。実際は、先ほど副管長室で本人と話したばかりなのだが、ホーネットの仮面にこもった不思議な力によって、にゅうめんマンは正体を見抜けなかったのだ。(仮面の機能については「第47話 乙女の転機!(7)」を読んでください。)


「三輪さん。無事だったんですね」

 にゅうめんマンは言った。

「おかげさまで。にゅうめんマンさんも、この間の出来事で重症を負ってからずっと寝たきりでしたが、よくなったんですね」

「ええ。僕が病院で寝ている間、三輪さんが何度もお見舞いに来てくれたと聞きました。ありがとうございました」

「そのくらいのことは何でもありません。あなたは私を助けるために瀕死の怪我を負ったのですから、感謝するのは私の方です」

「いえ。そんな。……それはともかく、今どこにいるんですか。監禁されたりして身動きがとれないんですか」

「いいえ。宗教法人六地蔵の関連施設にいますが監禁されているわけではありません。自由に動けます」

「それなら早く帰って来てください。突然いなくなったので、みんなひどく心配しています」

「心配をおかけするのは心苦しいですが、ここに残るつもりです。これまで住んでいたアパートへも、研究所へも、もう帰りません」

「なぜですか。そこにとどまるように脅されているんですか」

「脅されたりはしていません。事情ができたので、自分の意志でそうすることに決めました」

「本当ですか。何かおかしいですよ。自分を誘拐した悪の組織に自分の意志でとどまるなんて」

「理由があるんです」

「今日はじめて六地蔵の本拠地に来ましたが、口から火を吹いたり、ミカン汁を飛ばしてきたり、この組織には変人しかいません。後生ですから、こんなイカれた集団は放っておいて、すぐに帰って来てください」

 寺務室の坊主と尼たちが、さも不服そうににゅうめんマンの方を見たが、にゅうめんマンは無視した。


「すみませんが、帰ることはできません」

 電話の相手は答えた。

「どうしてもですか」

「はい」

「こんなに一生懸命頼んでも?」

「はい」

「帰って来てくれたら、この間創作したトルコ風にゅうめんをごちそうします」

「それでも無理です」

「アゼルバイジャン風もありますよ」

「すみません。私のことはもう放っておいていただけませんか」


その声の冷たい響きに、にゅうめんマンは言葉を失った。いつも優しく温かかった三輪さんがまるで別人のようだ。急激に心が重たくなったが、気を取り直してもう一度相手に言った。

「きっと何かおかしなことが起こっているんです。全財産を賭けてもいい、宗教法人六地蔵にいたって、三輪さんにとっていいことはありません。死ぬほど心配している僕のために、だまされたと思って、どうか帰って来てください」

「帰る気はありません。これ以上お話ししても仕方がなさそうですね。失礼します」

 相手はそう言って一方的に電話を切った。


「……ツー……ツー……ツー……」

 受話器を耳に当てたまま、にゅうめんマンはその場に立ち尽くした。失踪した三輪さんを見つけることができた場合に、本人が帰って来ることを拒むとは考えていなかった。にゅうめんマンが楽観的すぎたのだろうか。いや、にゅうめんマンでなくても多分同じように考えただろう。やがてにゅうめんマンは受話器を置き、「お邪魔しました」と寺務員につぶやいて、とぼとぼと寺務室を退出した。


建物を出ると、にゅうめんマンを見つけた坊主たちが群れをなして襲いかかって来た。にゅうめんマンは建物と正門の間の大広場を素早く走り抜け、宗教法人六地蔵の本拠地を脱出した。

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