乙女のピンチ!(6)

にゅうめんマンは少し早めに指定された場所に着いた。車道からやや離れた砂浜で付近には何もない。そこからは直接道路が見えないが、リュックを下ろしてしばらく待っていると、1台の自動車がやって来てすぐそばに駐車した。


すぐに3人の人物が浜へ下りて来た。真夜中だが満月に近い月の明かりで人の姿もはっきり見える。1人目は口をテープでふさがれた三輪さんだ。両手を体の後ろで縛られているらしい。2人目の作務衣・坊主頭の男は、この間にゅうめんマンと対面した宗教法人六地蔵の管長で、後ろから人質の三輪さんを誘導している。3人目は管長の部下と思しき体格のいい坊主だ。三輪さん誘拐の実行犯である卦六臂は来ていなかった。3人は、にゅうめんマンから乗用車2台分くらい離れた所まで来て立ち止まった。


「にゅうめんの材料はそのかばんの中か」

 人質にナイフを突きつけて管長はにゅうめんマンにたずねた。

「そうだ」

「よし。では確かめさせてもらうから、その場でじっとしていろ。分かっているとは思うが、言うとおりにしないと人質が無事では済まないぞ」

 管長は部下っぽい坊主に命令して、にゅうめんマンのリュックサックを自分の所へ持って来させ、中身を出して砂の上へ並べさせた。乾麺の束と、タッパーに入った汁と、にゅうめんの具になる乾物だ。管長は人質にナイフを向けたままでそれを調べ、やがて納得したらしく再び坊主に命じた。

「これをすべて車に積んでくれ」

 坊主は材料をリュックに詰め直し、そばに停めてある車まで重たそうに背負って持って行った。

 

「約束は果たした。人質を解放してくれ」

 にゅうめんマンは管長に言った。

「分かった。だがその前に、その場で後ろを向け」

「なぜだ」

「いいから言われたとおりにしろ。この女がどうなってもいいのか」

 悪い予感がしたが、にゅうめんマンは大人しく後ろを向いた。人質のことを持ち出されたら言われたとおりにするしかない。

「悪いな。お前に恨みはないが、目的を遂げるまではどうしても邪魔されたくないんだ」

 管長は手に持っていた大きめのナイフに霊力を込め、にゅうめんマンに向かって投げつけた。2人の間には何メートルもの距離があったが、ナイフはまっすぐにゅうめんマンの方へ飛んで行き、深々とその背中に突き刺さった。

「ぐっ……」

 にゅうめんマンは痛みに顔をゆがめ、背中の大きな傷口からはだらだらと血が流れ始めた。


にゅうめんマンの体が丈夫なことを知っていた管長は、折りたたみ式のナイフをもう1本懐(ふところ)から取り出し、先程と同じくにゅうめんマンに投げつけた。それもやはり背中に命中して深く突き刺さった。それから管長はとどめを刺そうと思い、人質を離れてにゅうめんマンに近づいた。――だがこのとき、管長には用心が足りなかった。窮鼠(きゅうそ)猫をかむ、ということを忘れていたのだろう。


《俺が殺されたら三輪さんも殺されるんじゃないか》

 深手を負ってふらふらの状態だったが、にゅうめんマンは冷静に考えた。

《ここで一か八か反撃した方が、三輪さんが生き残る見込みは大きいかもしれない――》

 いろいろと判断が難しいところではあったが、にゅうめんマンは即座に反撃を決意した。そして次の瞬間、背中に刺さった2本のナイフを素早く両手で抜き取り、同時に管長の方を振り向いた。すると幸い人質の体も管長から離れている。にゅうめんマンは渾身の力を込めて右手のナイフを相手へ投げつけた。強烈な力で投擲されたナイフは、柄が沈み込むほど深く敵の腹に突き刺さった。

「やりやがったな……」

 管長はにゅうめんマンをにらみつけたが、何もできずその場に倒れた。


その直後に車から戻って来た部下の坊主は、体にナイフの刺さった管長が倒れているのを見て肝をつぶした。にゅうめんマンは、もう1本のナイフを握ったまま坊主をねめつけた。怖気づいた坊主は、管長の腹に刺さっていたナイフを抜き取り、血まみれのナイフをそばに投げ捨て、管長の体を抱きかかえて逃げ出した。管長を車に乗せて坊主はすぐに道路を走り去った。


「うぐぐ……」

 ありったけの気力を振り絞って管長たちを撃退したものの、にゅうめんマンが受けた傷は致命的だった。失血がひどく、もはや素早く動き回る力は残っていない。痛みも耐えがたいほど大きい。だが、にゅうめんマンは月明かりの砂浜にボトボトと血を流しながら三輪さんの所まで足を引きずって歩いて行き、三輪さんの両手を縛っていた縄をナイフで断ち切った。そして、そこで力尽き、崩れるように浜に倒れた。


《俺は多分死ぬだろう》

 にゅうめんマンは思った。意識がじわじわと遠のくのを感じた。

《シャカムニのおかげで、せっかく生き返ったのにな……》


一方、三輪さんは恐ろしい出来事に茫然自失(ぼうぜんじしつ)していたが、強い意志の力でどうにか平静を取り戻し、口に貼られていたテープをはがした。

「にゅうめんマンさん、しっかりして!すぐに助けを呼びますから」

 だが、三輪さんは荷物を取り上げられたので携帯電話などは持っていない。それで、あお向けに横たわるにゅうめんマンにたずねた。

「スマートホンとか携帯電話とか、何か119番通報をできるものを持っていませんか」

 にゅうめんマンはかすかに首を振った。


となると、助けを呼ぶには車道へ出て通りかかる車を捕まえるしかない。この辺りには人も住んでいないし電話を借りられそうな所もない。それで三輪さんがその場を離れようとしたとき、にゅうめんマンが三輪さんの足首をつかんだ。三輪さんは仰天した。

「どうしたんですか!」

 にゅうめんマンは三輪さんに向かって弱々しく手招きをした。「話があるから耳を貸せ」という意味だと理解して三輪さんはしゃがみ込み、にゅうめんマンの顔のそばに自分の耳を持って行った。


「……あなたが好きです」

 かすかな声でにゅうめんマンは言った。覆面に隠れてはっきり分からないが、何となく満足そうな顔をしているように見えた。それだけ言うと、にゅうめんマンは静かに目を閉じた。

「一刻を争う状況だっていうのに、そんなこと……」

 三輪さんは助けを求めて車道の方へと駆け出した。

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