にゅうめんマン vs 理科系の男(8)

「……手強い相手だった」

 にゅうめんマンは白目をむいて伸びている羽沙林の様子を確かめた。息をしているところを見ると、気を失っているだけで命に別状はなさそうだ。それからにゅうめんマンは戦闘中に放り投げられた自転車を律儀に立て直し、その場を去ろうとした。羽沙林のことは誰かが何とかしてくれるだろう。


だがそこで、2人の戦いを見ていたギャラリーの中から一人の男が進み出た。

「待て。にゅうめんマン」

 にゅうめんマンはその男に見覚えがなかった。きっと初対面だろう。割と渋いルックスで、比較的がっしりした体格のおっさんだ。だが、ルックスの話をするならば、このおっさん最大の特徴はヘアースタイルだった。つまり、つるつるに頭をそっていたのだ。服も作務衣を着ている。どう見ても坊主だ。にゅうめんマンは嫌な予感がした。集団で怪しげなダンスを踊ったり、真剣勝負の最中にしりとりをしようとせがんだり、薬を飲んで筋肉ムキムキになって襲いかかって来たり、坊主にはろくなやつがいない。


「俺に何か用か」

にゅうめんマンは男に答えた。

「そうだ。激しい戦いを終えた直後にこんなことを言って悪いが、今すぐに私をにゅうめんのある所までつれて行ってもらおう」

「そんなことを要求するのは、やはり六地蔵の者か」

「そのとおり。私は六地蔵の管長、つまり六地蔵トップの苦萬悟だ。弟子の羽沙林が、シャカムニのにゅうめんを求めてにゅうめんマンと戦うらしいと聞いて様子を見に来た。残念ながらやられてしまったようだが」

「管長だか何だか知らないが、にゅうめんは渡せない。もしお前も『力ずくで』と言うのなら、そこに伸びている坊主と同じく、俺の『スーパー火山アッパーカット』のえじきだ」

 にゅうめんマンは先ほど放ったばかり技の名前を言い間違えた。というか、暇つぶしに開発した技なので名前もいい加減だった。

「君の技はすでに一度見た。簡単にくらうつもりはないぞ」

 そう言うと管長はファイティングポーズを取った。今すぐにでも一戦交えようということか。にゅうめんマンは、管長の両手に不思議な霊力がみなぎっているのを感じ取った。やはりただ者ではないようだ。こちらは片腕を怪我しているのに、うまく撃退できるだろうか。


だが、ここで思いがけないことが起こった。意識を失って倒れている羽沙林の筋肉隆々だった体が急速にしぼみ始めたのだ。問題は元の体型に戻るだけでは済まなかったことだ。収縮を続けた羽沙林の体はやがて、しわしわのミイラのような状態になった。そのまま大英博物館のエジプトコーナーに展示されてしまいそうなほどの、ゾッとする衰弱ぶりだ。なかやまきんに君とジャッキー・チェンを足して2で割ったような肉体美は今や見る影もない。管長は羽沙林の脈をとった。

「命に別状はないようだ。――この間薬を飲んだときは何ともなかったのに、なんで今回に限ってこんなふうに体がしぼんでしまったんだろう。ひょっとしたら、何度も薬を飲むとか、薬の使用中に体に過度の負担をかけるとかすると、こういう副作用が出るのかもしれないな。この薬は危険だからすべて処分した方がよさそうだ」

「俺と戦っている場合ではないんじゃないか。早く手当てをした方がいいぞ」

 にゅうめんマンは言った。

「そうだな。今は羽沙林の手当てが先だ。――今日のところは引き下がるが、にゅうめんは、そのうち改めてちょうだいする。君が私の頼みを聞き入れて素直にゆずってくれれば、それに越したことはないのだが」

 管長は羽沙林の体を抱えて立ち去った。にゅうめんマンは不利な状態での連戦を免れてほっとした。今はまず腕の怪我を治さなければならない。


そういういうわけで、覆面をかぶったまま病院へ行ったにゅうめんマンが

「暴漢と戦って腕を怪我したから診てほしいんだけど、健康保険もないしお金もあんまりない」

 と言うと、受け付けのおねえさんに恐怖と哀れみと好奇心の入り交じった目を向けられた。

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