4章 にゅうめんマン vs 理科系の男

にゅうめんマン vs 理科系の男(1)

次の土曜日、にゅうめんマン、三輪さん、平群さんの3人は、予定通り近所の山へピクニックに出かけた。空は少し曇っていたが、晴れているより涼しいのでちょうどいい。にゅうめんマンは例によって黒い覆面をかぶり黒い長袖のコスチュームを着ていたが、この衣装はけっこう暑いのだ。


平群さんはピクニックフリークを自称するだけあって体力があり、三輪さんにあれこれ話しかけながら、平地を歩いているかのように楽々と山道を登った。平群さんの歩くペースが割と速いこともあって、三輪さんは歩きながら話し続けるほどの余裕がなかったらしく、おおむね聞き役に回りつつ、一歩一歩先へ進んだ。にゅうめんマンは昼食を楽しみにしながら、2人の少し後ろをてくてくとついて行った。


そうして山頂まで登ると、そこには開けたスペースがあった。他に人もいない。休むのにちょうどいいのでそこで昼を食べることになった。平群さんがレジャーシートを敷くと、3人はその上に陣取って、めいめい持参した弁当をリュックサックから取り出した。三輪さんと平群さんが持って来たのは弁当箱に詰めた普通の弁当だが、にゅうめんマンはそのような平凡な食べ物ではあきたらないので、にゅうめんの汁の入った魔法瓶と、ゆでたそうめん・下処理済みの具材を入れたプラスチックの丼を持って来た。これで外出先でもにゅうめんが食べられるというわけだ。――豊かな自然に囲まれて、乙女たちと共に食べるおいしい昼食。悪との戦いで毎日神経をすり減らすヒーローには、ときどきこういう休息が必要だ。


ところが、さあ食べるぞ、ということろで、平群さんが急にこんなことを言い出した。

「ねえにゅうめんマン。2人きりで話したいことがあるんだけど。ちょっとそこまで一緒に来てくれない?」

「話?これから楽しいランチタイムだっていうのに今そんなことを言わなくても。ここで話してもらえないかな」

「2人きりで話したいって言ってるのに、なんて野暮な返事なの!そんなんじゃ一生女にもてないよ」

「もてなくて悪かったな。もてない男にだって、1人1人それなりの人生哲学があり、生活のドラマがあるんだ!」

 にゅうめんマンは意味不明な負けおしみを言った。

「そう言わずに、ちょっとだけ一緒に来てよ。大事な話だから」

「どれくらい?」

「ものすごく」

「う〜ん、仕方ない。――三輪さん。申し訳ないんですけど、重要な話みたいなのでちょっと行ってきます」

 にゅうめんマンは三輪さんにそう告げて立ち上がった。

「はい」

 にゅうめんマンと平群さんは、三輪さんと荷物を残してその場を離れた。三輪さんは何とも言えない顔付きで2人を見送った。


登って来た道を戻る形で1、2分歩き、少し離れた所までやって来ると平群さんは言った。

「あ、ごめん忘れ物しちゃった。すぐ取って来るからここで待ってて」

「忘れ物?」

「うん。絶対ここで待ってね。いなくなったら許さないから」

 にゅうめんマンは混乱した。話をするのにレジャーシートに置き忘れるような物が必要なのだろうか。そもそも大事な話とは何だ。でも、何か聞き返したせいで、また「もてない」だの何だのという残酷な事実を突きつけられたら面白くないので、言われるままにそこに留まり、足早に引き返す平群さんの後ろ姿を見送った。


だが、いくら待っても平群さんは戻って来なかった。10分ばかりも待ったあげく、さすがに遅いと思い、「絶対待っててね」と言われた手前気が引けたが、にゅうめんマンはレジャーシートのある所まで様子を見に戻った。そこにいたのは三輪さんだけだった。

「平群さんが戻って来ませんでしたか」

 にゅうめんマンはたずねた。

「平群さんはしばらく前に戻って来て、自分の荷物とにゅうめんマンさんのお弁当を持って、また行ってしまいましたよ」

「僕の弁当を?なんで」

「さあ。ひょっとしたら別の場所で2人で食べることにしたのかな、なんて思ったんですけど……」

「まさか。僕はここから少し行った所で、忘れ物を取ってくるからその場で待っててと平群さんに言われたので、言われたとおり待っていたんですが、いつまでたっても戻って来ないから、こうして様子を見に来たんです」

「どうなっているんでしょうか」

「わけが分かりませんね」


結局、平群さんはそのまま行方をくらました。そのせいでにゅうめんマンは昼食用のにゅうめんを失ったが、三輪さんが弁当を半分分けてくれた。腹を満たすにはまったく足らなかったが、にゅうめんマンは大満足だった。食べ終わった後、しばらく三輪さんとよもやま話に花を咲かせ、やがて満ち足りた気持ちで山を下りた。

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