にゅうめんマンの過去(13)

いそいそとにゅうめんを作り始めた鶴彦がめんをゆで終わって湯を切ったとき、居間の隅に置いてあった黒電話が鳴った。急な出来事にどうするべきか戸惑ったが、鶴彦はとりあえずその電話に出た。

「もしもし。シャカムニだ。今、極楽浄土から電話をかけている」

 受話器を取るやいなや通話の相手が言った。声から判断してシャカムニ本人に間違いなさそうだ。

「これはシャカムニさま。この度は、僕を地獄から救っていただきありがとうございました」

「なに、大したことではない。礼にはおよばない」

「それにしても極楽浄土からここへ電話が通じるんですね。どうやって電話線を引いてるんですか」

「電波で通信しているから電話線はない」

「なるほど」

 そう言われても全然納得できなかったが、鶴彦はそれ以上たずねなかった。

「この電話に出たということは、無事に家に着いたようだな」

 シャカムニは言った。

「はい」

「地上の弟子に頼んで、居間の押入れにそうめんとその他の食べ物を用意しておいた。腹が減ったら自由に食べてもらいたい。にゅうめんの食べすぎでまた栄養がかたよって病気にならないよう、栄養バランスにも配慮してある」

「ありがとうございます」

「台所の蛇口からはにゅうめんの汁が出るので、これも自由に使ってほしい」

「はい」

「それから、これが一番大事なことだが、その家に用意したにゅうめんは、ただのにゅうめんではない。私の力がこもった特製のにゅうめんだ。それを食べれば超人的な力が手に入る。その力を衆生(しゅじょう)のために使うのだ」

「はい」

 シャカムニの力がこもったにゅうめんは一体どんな味がするのだろうか。鶴彦の期待は高まった。

「ところで、その特別な食べ物ににゅうめんを選んだのは、やはり、それが僕の好物だからでしょうか」

 鶴彦はたずねた。

「いいや。にゅうめんは私の好みだ。だからこそ極楽浄土でもにゅうめんを作っているのだ」

 何てこった。シャカムニとはうまい酒が飲めそうだ。

「それから、すでに話した覆面と服も用意して居間に置いておいた」

「はい。確認しました」

「外へ出るときはそれを身に着け、正義の味方『にゅうめんマン』として大いに活躍してもらいたい」

「がんばります」

 よかった。シャカムニは服のセンスは悪いがネーミングセンスはすばらしい。――それにしても、なんでわざわざ「にゅうめんマン」などと名前をつける必要があるのだろう。衣装だって本当に必要なのか。ひょっとしたらこれは、極楽浄土で暇を持て余しているシャカムニの趣味的なプロジェクトだったりするんだろうか。

「どうかしたのかな」

「いいえ。何でもありません」

「それでは電話を切る。健闘を祈る」

 通話が切れたことを確認して受話器を置き、鶴彦はにゅうめん作りを再開した。

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