毒
何某 名無し
毒
貴女はその朱色の唇でアイスをほおばると笑顔で私を見つめる。
「食べる?」
そう言って差し出された唇の熱で溶けたアイスはとても魅力的に見えたけど、私は気軽に口にすることはできなかった。
「いいよ。私が食べたら自分の分がなくなっちゃうでしょ?」
「優しいなぁ。そういう所好きだよー。」
貴女の好きという言葉を聞くたびに私は絶望する。私の好きと貴女の言う好きとはかけ離れすぎていた。それがどんなに心から欲している言葉ではあっても、今の貴女から発せられる好きという音を聞くたびに耳が劈く。どうして私のこれはこれが友情ではないことに気づいてしまったのだろう。友情と勘違いしたままだったらどんなに楽だっただろう。あのまま気づかないフリをしていれば傷つかなかったのに。
それでも私は気づかないフリをやめた。その現実に向き合わなければいけなかった。だって、あのままでは貴女も、そして私自身も裏切ることになるのだから。私の言う好きと貴女が言う好きが根本的に違うのに、同じ言葉で表せてしまう日本語は意志伝達の手段として機能不全を犯している。同性の貴女を愛してしまった私も人間として機能不全を犯しているのだろうか。ならば私も同罪だ。
貴女に近づけば近づくほど私は毒されていく。心も体も侵されていく。掌に隠したほんの僅かな欲望は、あなたの何気ない言葉を聴くたびに、あどけない仕草を見るたびに、膨張しいつの間にか私の体では、私の心では収まりきらなくなっていた。その正体が独占欲だと気付いた時にはもう手遅れで、貴女のすべてが欲しくてたまらなくなっていた。
貴女への独占欲が増すと同時に罪悪感に苛まれた。自己嫌悪は容赦なく私に敵意を向ける。しかし、それは貴女に対しての愛情表現だった。愛情の証明となった。この痛みがたまらなく嬉しかった。もしかしたら一種の自傷行為なのかもしれない。悲鳴と歓喜がユニゾンして謡っていた。
「ねえ?」
「ん?なに?」
私の声掛けに笑顔で答える。
「私も好きだよ。」
「ふふっ、ありがと。」
私の気持ちはあなたに伝わることはないだろう。だから、せめてこの罪の意識だけは私から取り上げないで。
完
毒 何某 名無し @nanigashinanashi
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