第3話 部屋を片付けます!

 本物のゴミ屋敷は家の中だけじゃ飽き足らず、庭や玄関、ひどい時には家の敷地外までゴミが侵食するんだとか。

 リーナの家はいい例だ。

 ドアから大量のゴミ袋がはみ出ている。


「あれ? 家を出たときはちゃんと閉まったんだけどな」


 それってドアを打ち破るほどのゴミが家の中に圧縮してるって事!?

 そんな家を俺に掃除させるっていうの!?

 何より嫌なのはこんな美少女があんな家に住んでるっていう現実だ!!

 ギャップ萌えとかいう次元を超えている!!


「ゴミの日は明日だからできれば今日中に片付けてほしいんだけど‥…」

「え、この量をでございますか!?」

「さっき何でもするって言ったわよね……?」

「は、はいぃ、早速着手させていただきますぅ」


 恐ろしい女だ。

 こんな理不尽な命令なんて、ガ◯ジーも助走付きのアッパーパンチをしてくるレベルだ。

 おそらく、こんな事俺以外は不可能だろう、そう俺以外は。


 何と俺はバンド活動の合間に特殊清掃の仕事をしていたのだ。

 掃除にかけては誰よりもプロフェッショナルという自負がある。

 それでは早速取り掛かろう。


「お嬢様! この世界に燃えるゴミ、燃えないゴミという概念はありますでしょうか!」

「何言ってんの? 燃やそうと思えばだいたい何でも燃やせるでしょ」

「承知しました!!」


 ゴミの廃棄において分別という作業が要らなくなったのは大きい。

 やることは手当たり次第にゴミ袋に入れてゴミ置き場に持っていく、ただそれだけだ。


 俺はリーナの家の前に自分の機材を置き、ひたすらにゴミを纏めていく。

 ある程度纏め終わったところで、リーナから聞いたゴミ捨て場に持っていく。

 これを何回も、何十回も、何百回も繰り返す。

 後から聞いた話だが、この時の俺はまるで鬼人の様な雰囲気だったそうだ。


 ——だんだんと日が昇ってくる。


「よし、これで最後っと……」


 俺は最後のゴミ袋をゴミ捨て場の付近に置く。

 何で付近かって? 家を掃除したら今度はゴミ捨て場がパンパンになってしまったからだ。

 今日のゴミ回収担当者が不便で仕方ない。

 こんな光景を目にしたら気絶してしまうかもしれない。

 人生山あり谷ありだ、強く生きてほしい。


「お、お嬢様…… 部屋の掃除完了しました‥…」

「お、お疲れ様、本当に一日で終わると思わなかったわ」

「約束ですから……」

「そうね、約束したわね。 本当は掃除だけさせてはぐらかそうと思ってたけど、こんなに頑張ってもらっちゃアイドルってのをやってみるしかなさそうね……」

「お願いします…… パラダイスのために‥…」

「じゃあ、何からすればいい?」

「ま、まずは……」


 バタンっ。


 **************************


 意識が戻る。

 確かリーナの部屋を掃除して…… 

 おそらく極度の疲労からそのまま気絶してしまったんだろう。

 それにしてもリーナの姿が見えない。


「リーナ?」

「あら、やっと目が覚めたの?」

「廊下の奥からリーナの声が聞こえる」

「ごめんな、疲労で気絶してたみたいだ」

「こうなった原因は私よ、謝る事ないわ。 今ご飯作ってるから少し待ってね、何か食べたら元気も出るでしょう」


 何! 俺は手料理をいただけるというのか!!

 そんなものを食べたら疲労感なんて全て吹き飛んでしまうだろう。


「よしっ、できた!」


 廊下の扉が開きエプロン姿のリーナが食事を運んでくる。

 俺は天使を見ているんだろうか、昨日のお店でのドレス姿も良かったがこの家庭的な姿も実に素晴らしい。

 最初は不安に感じた異世界も、こんな良い思いをできるなら大歓迎だ。

 一生この世界に居てもいい。


「久しぶりの料理だから口に合うかは分からないけど……」

「大丈夫大丈夫、リーナが作った料理なら何でも高級料理さ!!」


 恥ずかしそうにリーナが料理を机に出す。

 出された料理を見て俺は固まってしまった。

 全体的に炭化している上に、何やら得体の知れない目玉の様なものが乗っている。

 この世界の料理がこういうスタイルなのか、それとも単純にリーナが料理下手なのか。

 いずれにせよ、少しだけ現実世界に帰りたくなった。


「不味そう……かな……」


 リーナが不安そうな目で俺を見つめる。

 大丈夫だ、この天使が作った料理ならそこらへんの草で作った料理でも美味いはずだ。

 覚悟を決めろ、俺。


「こんなに独創的な料理初めてでね、手をつけるのがもったいなかったんだ」

「なら良かったわ! さあどうぞ!」

「い、いただきます」


 自分でも笑顔が引きつっているのがわかる。

 いかん、そんなところを彼女に悟られたら傷つけてしまう。

 スプーンを手に取り恐る恐る口に運ぶ。


 ——むっ!!

 この味を一言で表現するとしたら絶望的な味だ。

 俺の五感全て、いや俺の第六感までもがこれ以上はやめておけと言っている。

 よく料理で"香ばしさ"という表現を耳にするが、それは美味しそうな香りに加えてスパイスとして香ってくるものであって、俺が食べているこの料理は香ばしさしか感じない。

 おまけに得体の知れない目玉からどろっと液体が流れ出ている。

 正直言って今にも吐きそうだ、だが俺は紳士だ。


「お、お、美味しいよ」

「ふふ、全部食べちゃっていいわよ、私はさっきお店で食べたから」


 君、お店で食べたんかい!!

 俺の食事もそこでテイクアウトしてくれば良かったんじゃないか!!

 一口で命の危険を感じるものを全部食べたら一体どうなってしまうんだろうか。

 だが俺に選択肢はない。 無心で食べるだけだ。


「お言葉に甘えてぇぇえ!! うぉぉぉぉぉぉおおお!!」

「あらあらがっついちゃって、よっぽどお腹が空いてたのね」


 無意識に涙が出る。

 こんなに辛いのは初めてだ。

 今思えばバンドをクビになったことなんて大したことないんじゃないかとさえ思う。


 あと3口!

 あと2口!

 あと1口……!


「ご、ごちそうさま……」


 バタンっ。


「あれちょっとマサオ! マサオ!!」


 俺は1日に2回も気を失った。

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