第17話
『ええ、私も最初は驚きました』
テレビ画面に映し出された女性は、顔が分からないようにモザイクがかけられ、声も甲高く変えてあった。
『大統領代理の方がこられて、玄関先でいきなり、おめでとうございますと言われて戸惑いました』
番組の司会者が相槌を打つ。
『いきなりですか』
『そうなんです。あまりにも怪しいので帰ってくれと言うと、すごいオーバーアクションで嘆かれて……もう呆気に取られて』
俺の時とほとんど同じだ。渡邉とこの女性の話す様子が容易に想像できて、非常識にも笑いがこみあげてくる。
「この人も、あの七三分けをかつらだと思ったんだろうな……」
その後のやり取りや依頼内容をごく簡単に話したあと、K――小池は少し興奮した様子で話し続けた。
『すぐに殺したい相手が頭に浮かびました。もう本当に、すぐにでも殺しに行こうかと思ったくらいです!』
「嘘だろ……この人凄いな」
これだけ悩んでも殺したい相手が見つからない俺にとっては、驚くと同時に少しだけ羨ましくもあった。
司会の男性が『制度の内容や仕組みは大体分かりました。それでKさんが我々に連絡を下さったのが、依頼された直後ということになりますか?』と、小池の興奮を抑えるように言った。
『はい。これは記録――というか様子を撮っておいたら、お金にな……あ、いや、これは国民の皆さんに是非知らせるべきではないかと思ったんです』
「うわっ! 結局金欲しさかよ。でもまずいだろ、これは。それとも、もしかして知らないとか?」
テレビ画面には、小池が渡邉に電話をかけて殺したい相手の名前を告げるところが流れている。
『このお相手の方は……』
司会者の問いかけに『娘が通っている幼稚園の先生です』と答え、いかに殺されても仕方のない人物なのかを語り始めた。
『この女はえこひいきするんですよっ! うちの娘を発表会の主役にしないし、運動会の時だって目立たない立ち位置ばかりで――』
「げっ! 嘘だろ? そんな馬鹿馬鹿しい理由で殺すのか!?」
思わずテレビに向かって叫んでしまった。
司会の男性もそう思ったらしく小池の話を遮ろうとするが、遠足のバスの座席が真ん中辺りだった不満を延々と言い続けている。
「それにしても、本当に知らないのか?」
人殺し権のことを他言したら、小池は俺か渡邉に殺されなければならない――ということを。
『それでは、先ほどのVTRの続きをご覧ください』
司会者の言葉で、画面がスタジオからVTRに切り替わった。
「おっ! 出た出た!」
小池の家らしきところに渡邉が訪れているようだ。同様に、顔にはモザイクがかけられ声も変えてあるが、あのオーバーアクションだけはどうにも隠し様がなかったらしい。
『(ピーッ)様、決断が早うございましたね』
『当たり前でしょ? こんな素敵な権利、すぐ使わなきゃ!』
『そう……でございますよね』
視線がどこを向いているのか定かではないが、恐らく斜め上辺りだろう。右手を胸に当て、遠くを見つめているような姿が映る。
『あら(ピーッ)さん、何かあったの? あの勢いはどこいっちゃったのよ!』
『あ……いえ、何でもございません。それでは最終確認をさせていただきます。まず――』
「なるほど……こういう流れになるんだな」
俺はテレビを見て人殺し権実行手順を再確認していた。
渡邉が手に持った書類を示しながら、なにやら話している。声は完全に消され書類もモザイク処理してあるが、あれは間違いなく人殺し通知書だろう。
渡邉が書類を封筒に入れたところで、再び音声が流れ始めた。
『こいつ本当にムカつくのよ! 何でうちの娘が主役じゃないのよ!』
『(ピーッ)様、理由はおっしゃらなくてもよろしゅうございますので、どうか落ち着――』
渡邉は両手の平を前に出し思い切り振っているが、小池はそんなことなどお構いなしで喋り捲っている。
『おまけに、ちょっと若くて可愛いからっていい気になって! うちの主人もこの女を褒めるし、ホント嫌な女――』
「……こりゃ渡邉さん、大変だ」
話はまだまだ続いたのだろう。ここでVTRがカットされて、ようやく次の段階に進んだ。
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