はなび

架橋 椋香

白んだ画面、ぬめり。

 カエルの子がぴょん、行き先は古池ではない。茂みまで、拙い足取りで跳ねて。

「大変、ママ、ヘビがいたよ!」

「あれはミミズだから大丈夫よ、怖くないわ」

と、茂みの中のママは答える。ママはカエルではない。『蛙の子は蛙』ということわざは、『蛙ならば蛙の子である』という事を保証しない。それから。

「怖くなったら、大丈夫、怖くない、って唱えなさい」

ママは包み込むように微笑して、カエルの子の小さな頭を撫でる。

 カエルの子は不思議そうに、ダイジョウブ、コワクナイ、と連呼する。

「コワクナイ、コワクナイ、」

と。

「そうよ」

「でも、それでもどうしてもこわいときは、泣きそうなときは、どうしたらいいの?」

 そのときは……とママは少し考え込んで、

「そのときは、大声で泣きなさい。ママが助けに行ってあげるから」

そういうと、ママはおおきなおおきな手に、カエルの子を乗せ、高く、その手を上げた。


 その晩、青く芯のある綿歌が飄々と和太鼓の香りを連れて、その声はなめらかに裏返る。目が覚めたカエルの子は、ママの大きな姿を探す。

 いない。ママ。どこ?

「コワクナイ、コワクナイ、」

怖くなった子は口ずさむ。

 すると、窓はアオい光に開いて、数匹のホタルは泳ぐようにじゃれあうように、点滅を繰り返して囁きあう。

 見ていたカエルの子は刹那までその身を覆っていた、なまあたたかく冷たい古池を脱ぎ捨て、忘れ。青い子になる。

 青く青く青く、青い子は遠く、懐かしく揺れるやわらかい祭囃子にカラダをゆだね、遠く遠く遠く、遠いこの歌にくちびるを揺らし、惹かれるあの火に確かに切実な情動を、見つめて、噛み締めて、青い火に光れながら、数匹のホタルになって消える。

 確かに昇って行った。


 ママは、かつてママだった捨てられた抜け殻は、かつてカエルの子だった青い子の一部始終を、相変わらずやさしい朝色に澄んだ目で見届けたあと、そこにあり続けた。

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はなび 架橋 椋香 @mukunokinokaori

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