第7話 貧 ②

 1900年代。

 多くの犠牲のうえに、二度と同じ過ちを繰り返さないと心底から誓った戦争が終わり、後は平和と繁栄、そして共存の時代が幾千年紀も続くと思っていたはずが、変わったのは愚かさの発露だけで、結局のところ誰もが自分の事しか考えていないという人間の絶対数、もしくは例え少数でも、持てる力によっては最悪の結果しか生まないその価値観自体はなんら変わらなかった。

 まあ、当たり前だ。教訓や経験は、世代が変われば古い物として破棄するのが流行だから。いつの時代も。

 そのため、人間も含め、全ては消耗品に過ぎないということに気付いたのは、苦労して作り上げた安定が、決して追いつけないスピードで打ち崩されてからだった。

 地震。津波。台風。寒波。猛暑。豪雨。落雷。山火事。ありとあらゆる自然災害や、毎年の様に襲い来る流感、未知の病気。そして、事あるごとに広がる貧富の格差。

 全てが何十年に一度(もしくは過去最悪)のレベルだが、空恐ろしいのは、30年に一度の大雨の後に、30年に一度の寒波だったり、猛暑だったりが、年毎、否、季節ごとに訪れることだった。それはつまり、結局、人間はこれから先、常に何らかの何十年に一度や、過去最大の脅威に晒されるのではないか、そういう疑問を持ってしまう事と、案外、実はもう疑問でも何でもなく、単なる事実のサイクルに入っているのでは、と思わされることだった。

 世界はもう、滅びかけているのかもしれない。 

 恋人たちが、明確なジャッジメントではなく、ひっそりと、日常のふとした瞬間に、心の奥で別れを確定するように。

 予言にあるような、インパクトのある出来事で急激に明日、滅びを実感するのではなく、軽微な症状で入院した患者が、なかなか好転せず、ゆっくりとしかし確実に緩慢な死への行進を続けるように。こんなこと、今までなかったと言いながら。

 それこそ、どちらにしろ、最先端の社会の中で。

 ダメージを追い、それに対処するべく作り上げた最先端の技術は、常にそれを凌駕する猛威にさらされている。

 最先端であること、変わること。

 その意味が、どこか間違っているのではないか、そこに正があるのかどうかという議論が、あまりにもなされなかったのではないか、俺はそう思う。

 この時代に生きている人間は、大概そうだろう。

 暑さのせいか、思考にまとまりがない。

 話が大きくなり過ぎた。

 俺の苦しみは、人類規模の破滅に比べたらそんな大したことじゃない。

 俺が認識しているところの別れの理由はこうだ。

 青森の太平洋側のどこかで山火事が起きた。

 山火事は、炎天下の中燃え広がり、あいにくの日照りによる水不足(30年に一度の)を背景に、市街地まで焼くほどに大きくなった。

 それは、紫音の出身地で、彼女の実家は燃え、両親は焼け出され、飼っている犬は行方不明になった。

 紫音は、行って何が出来る訳でもないのに、犬が心配だと言って実家に帰った。

 そして、両親や従兄弟、幼馴染と避難所でめでたく再開。

 心配の的だった犬は、3日後、白いポメラニアンから、こげ茶のマルチーズになって帰って来た。

 俺は良かったね、とラインし、紫音はしばらく帰らない、と返信を寄越した。

 それから3か月の間、サイクルが長く、文章が短くなるラインのやり取りがあり、つい3週間前、紫音から、2人の未来が見えない、別れましょうというラインが来て、それ以来音信不通。

 そして俺は何もかも嫌になってここに居る。

 めでたしめでたし、だ。

 考えれば考える程、分かるようで分からなくなる。

「次!土海チーム!」

 炎天下の下、禿げ頭で頑張っている須賀川ULの声で白昼夢から引き戻された。

 箱の中は涼しいのだろうか。

 まあ、外よりはましだろう。

 そう思って、のっそり動く土海リーダーの後ろに続いた。

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