第6話 貧 

 箱からざっくり300mほどの距離まで前進し、待機がかかった。

 第12部隊が箱に入り切るのを待つらしい。

 蝉の鳴き声は聞こえるが、それは遠くからで、不思議と箱の周辺は、静かだ。

 蝉の鳴き声どころか鳥の鳴き声も、姿も見えず、それこそ、風が木を揺らす程度の音しか聞こえない。

 それにしても、首から上が熱い。

 天を仰ぐ。

 太陽はあまりにも堂々と眩しく圧倒的で、辛くなって、すぐに下を向いて待つことに決めた。

 足元の地面に映る影を見つめていると、気温と蝉の鳴き声のせいだろう、頭の中のアルバムがパラパラとめくられ、夏の思い出が蘇った。

 去年の夏の花火大会での浴衣姿の紫音。

 一昨年の夏の砂浜での水着姿の紫音。

 そして三年前、付き合った日。真夏の夜の紫音。 

 紫音となぜ別れたか。

 それは、結論、例の山火事のせいだし、原因は2人が離れて暮らすことを余儀なくされたから、だろう、と、思う。

 本当の事は分からない。

 俺が夢見がちで、無職のまま、フラフラしていたから、かも知れない。

 だが、それは出会った頃から変わっていない。 

 フラれた理由なんか考えても、それは6月から7月にかけてどの夜の何時何分に夏になったか議論するようなもの。

 どの瞬間に方向が変わり、そして、どうしようもないほど確定したのかなんて、誰にも分かる訳がない。本人たちにさえも、だ。

 どうしても、誰かに説明しなければならない状況で、ざっくり言うとするならば、だから、やはり山火事と遠距離だろう、ということになる。

 もちろん、どれだけの真実味があるかは、また別の話だ。

 誰かを納得させる話と、当事者達が納得出来る話は、一緒とは限らない。

 ただ、それは簡単に言えばそうだというだけで、物凄く長い方程式の過程が必要ないと言ってしまうのと同義だ。

 始まりがあって、終わりが有る。

 重要なのは、一番長い、過程、プロセスじゃないか、少なくても俺はそう思う。

 長いから大切とも限らないのは、百も承知だ。

 ともかく、紫音と付き合って3年という、過程は、長く、密度が濃く、そして何よりも幸せだった訳だ。

 まさか、終わるなんて、それこそ夢に見たこともない。

 最近じゃ、別れた日をよく夢に見るが、今じゃ単なる現実だという皮肉。

 そう言えば、風邪の引き始めに限らず、最終的に入院する羽目になるあらゆる病人が言う言葉がある、と昔親父が教えてくれたことがある。

 驚くことに、親父は腕のいい医者だった。

 人格は最低だったが。

 もう死んだので、親父の名誉のために言い直すと、親父は最低の人格だったが、腕のいい医者ではあった。

 曰く「初めが一番楽だった」あるいは「こんなにひどくなると思わなかった」。

 2000年初め、ミレニアムに入った当初の人類は、世界がこんな風になるなんて、思いもよらなかったんだろう。

 だけど、ひょっとしたら、もっと前から、人類は、確実に病に侵されていたのだと思う。

 

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