第8話 貧 ③

 箱の入り口は、変な形だった。

 最近ほとんど見かけないが、空き缶のプルタブ部分みたいな形。

 ただ、箱の大きさに対して、異常に小さい。

 入るのも、出るのも少しずつ、そういう意図を感じる程に。

 人一人通れるぐらいの狭い戸口をお辞儀をするようにしてくぐって中に入ると、箱の中は思ったより、いや想像通り、まあ、何にしろ、外よりは涼しかった。

 もちろん、冷房が効いていた訳ではないし、そこまでの涼しさでもない。

 ただ、直射日光が当たらないうえに、良く出来た戦闘服のおかげで丁度いい感じではある。

 それよりも、驚かされたのは、箱の中の不思議な構造だった。

 入り口と遠くに見える両サイドの壁は黒い光沢を放つ、鉄の様なそうでないような素材。

 床、というか地面は、今まで歩いて来た森の中の道とあまり変わらないが、樹木はほとんどなく、あっても背の低い、観葉植物みたいな木が所々に生えているだけで、あとは土と、雑草といった感じ。大きな野原、そんな印象を受けた。遠く前方には、第12部隊の後ろ姿が見える。それにしても、明らかに人工物である箱の中に野原…どういうことだ?

「なんだこれ?!なんで箱の中に草生えてんだ?」

 俺が心の中で思ったことを、隣の男が口に出して代弁してくれた。

 伊橋、とか言う、金髪のチャラい感じの男。研修中からずっと、いろんな隊の女子と話しているのを見かけた。

 伊橋は目についた物をいちいち口に出す癖があるようだ。俺は伊橋を横目で見るついでに、他の面々のリアクションを見てみた。

 コマンド達は、軒並み、呆けたような顔で周囲を見渡している。

 そりゃそうだ。

 研修の座学で習ったのは、緊急時に使用する特殊小銃や、携帯する消耗品類の使い方だけで、箱の構造については、大きさ以外何も知らされていない。

 座学はトータル50時間ほどで、3週間の内、それ以外の時間はほとんど、荷物を持っての歩行訓練に使われた。

 おおよそだけど、一日30㎞ほど。巨大なプレハブみたいな倉庫の中を、荷物を背負ってあちこちに行かされた。

 前に巨大流通企業の倉庫でバイトしていた話はしただろうか?

 してないかも知れないが、その時とまったく同じような感じで、腕に巻いた時計型端末に次から次へと表示されるポイントを目指し、時間内に到達し続ける訓練。

 違いは、バイトの時は目的地にあるのはピックアップする商品だったが、研修というか、訓練の時には、それは変な石板や、鉱石、金属の破片なんかだった。

 コマンド達は、呆けていたが、管理者層は違った。

 おそらく、彼らが受けた研修は、別なんだろう。

 すでに、事前知識があったようで、呆けるというよりは、確認するように辺りを見渡したり、双眼鏡を覗き込んだり、運び込んだ荷物の数を数えたりしている。

 元々、あまり驚かない性質の俺は、状況をすぐに飲み込んで、辺りを観察することにした。後で日記を書こう、そう考えていたから。

 箱の中に野原が有るだけで、随分変わってはいるが、特筆すべきは天井だった。

 運ばれてくる途中、ヘリで上空から見た時も、歩いて箱の入り口に辿り着くまでも、箱は、真っ黒い、ただの(と言うには巨大すぎるが)箱だった、はず。

 それが、中には行ってみると、床は野原だし、左右の壁は見たままだが、天上は、違った。それは、透明だった。

 正確には、半透明。

 いわゆる遮光ガラスのようなものだろう。

 直射ではないと分かるし、太陽の熱も、眩しさも、外気の揺らめきも、外の音も聞こえないが、空に太陽や雲が浮かんでいるのは直視出来た。

「整列!せいれ~つ!」

 そういう係なのか、それとも、率先してやっているのか、須賀川ULが大きな声を張り上げた。 

 しきりに汗をかいている。

 髪の毛が多いのと少ないの、どちらがより暑さに強いのだろうか。

 ふと、そんなどうでもいいことを思った。

「遅い!速く!」

 永水ULが、甘い声を神経質そうに張り上げた。

 多分、イライラしているのであろうことは、十分に分かるが、可愛い顔とアヒルの様な唇から発せられるだけに、迫力にはかける。ましてや、二度目ともなると。

 3週間の研修を受けたとはいえ、急造の寄せ集め部隊は、所詮、個性の集まりに過ぎない。元々、そういう属性のやつは素早く整列し、そうでないものはだらだらと並ぶ。俺は、どちらに与するのも嫌、というより、どちらにもなり切れず、中途半端に急いだ。 

 

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