激戦



 薬品ブーストされているとはいえ、ヒメリの回復魔法の効果は想像以上だった。

 クロノは内心で驚きながら、龍を叩き切る手を休めない。


 避けることすら最小限に抑えた。刃をすり抜けてくる龍は、身体に噛みついてきて動きが止まったところを切り落とす方が仕留めやすい。防御に回す集中は全て攻撃に回す。その分ダメージを負うリスクは高くなるが、気にする必要はないと判断した。


 なにせ百を超える龍が自分に食らいついても、全くHPが減る気配がない。ダメージを受けた瞬間にヒメリの回復が効果を発揮しているからだ。計算していたよりも魔法の回数が多い。ここまでヒメリが連発できるとは思っていなかった。


 通常、ヒーラーは回復魔法の効果を上げるために威力値を上げる傾向にある。その方が受けたダメージをまとめて回復することが可能だし、一度に大きく回復しておけばヒーラー自身の手も空き、周囲の状況認識や他の魔法にも自分のリソースを割けるからだ。


 ヒーラーに限らず、威力や連発力といったスキルの理論値は何度も議論が重ねられているが、どんなに奇抜な戦術や連携を前提に考えても、ある一定の数値に落ち着く。


 プレイヤーたちが日々研鑽を重ね、最も効率の良い方法を探して収束していった値であり、それが戦術理論セオリーとなり、作戦はそれを前提にして組まれる。そういった柔軟性を持たせた汎用型のスキル値は、初心者の目指すべきところでもある。


 ヒメリの魔法の使い方は、その真逆と言ってもよかった。正直、初めて彼女の回復魔法を見たときは、落胆どころか絶望した。これ相手に教えなきゃいけないのかと、逃げ癖が刺激されて名前を変えたくなったほどだ。


 だが今回に限り、連発力に極振りした回復魔法を放つことができるヒメリがいなければ、この作戦の実行は不可能だった。とはいえ、無茶な作戦には違いない。


 機関銃で撃ってくる相手に対して、正面から同じ機関銃で撃ち返し、弾を全て弾き返しているようなものだ。もしキャストやインターバルを要する汎用的な回復魔法しかなかったら、少しタイミングがズレただけで魔法の合間に蜂の巣にされていただろう。


 想定外なのはカリストも同様だったに違いない。

 龍は確実にクロノの身体を蝕んでいるはずなのに、倒れるどころか呻く気配すらない。まるで小雨でも浴びているかのように、クロノは平然とした顔をして無数の龍を捌いている。

 本来であれば三十秒も経たず血祭りにしていたはずだ。なのに、もう一分以上もこの拮抗した攻防を続けている。


 カリストとて長くコンクエストリーグで強敵と相対してきたプレイヤーだ。理由はすぐにわかったのだろう。クロノの後方、数十メートル先で杖を構えているヒメリを睨み大きな舌打ちを響かせる。


「ぢいぃっ! 減らねえと思ったら、あいつか!」

「残念だったなクツシタ!」 

「なめんじゃねえ!」


 カリストは片腕を大きく動かして龍に指示を出す。


「なっ!?」


 クロノの動きを牽制するように、三百六十度、ドーム状に龍に囲ませる。わずかにクロノがその場で足踏みした。

 密度の濃い龍の壁に手数が追いつかず、移動して振り切ろうにも龍が邪魔をして視界を奪われ判断に手間取らされる。

 その瞬間をカリストが逃すわけがない。


「うざってえ! 先にあいつをやりゃあいいだけだ! 邪魔あ、すんなあああ!!」


 クロノに向けていた龍の一部を鞭のようにしならせ、弾丸のような疾さで治療師のいる場所に伸ばした。





 ヒメリに向かって大蛇のように真っ直ぐ突き進んでくる。その数、約一千の龍の群れ。


「やはりヒメリを狙ってきたか! だがこの程度の数など!」


 スピカの反応は素早かった。龍の進行上に身を滑り込ませると、剣を眼前に構え、唱える。


「邪を堰せくは押し寄せる光輝なる聖波。征け! 光霊たちよ! 秘奥、聖燐海嘯!」


 短い詠唱の後、スピカが剣を中空に向けかざすと、魔法型後方範囲防護スキルが発動する。彼女の背後から発生した高大な光の波が、迫ってくる龍に正面からぶつかる。


 龍の波と光の波。拮抗する力を互いにさらに強めながら、その場に留まった。


「大丈夫か、ヒメリ!」

「は、はいっ!」

「そのままソウタに回復魔法をかけ続けてくれ! ヒメリはわたしが必ず守りきる!」

「はい!」


 光の粒子の波が龍の群れを押しとどめてくれているが、剣を掲げるスピカにも何かしらの圧力がかかっているようだ。彼女は歯を食い縛り、必死に姿勢を崩さないように耐えているようだった。


 その表情を見ているだけでヒメリは手を差し伸べて助けにいってしまいたくなる。自分に何ができるわけでもないけれど、ただ傍にいって抱き締めて苦しみを解放してあげたい。


 ヒメリは小さいころから誰かが泣いていれば傍に寄り添って慰めてあげることが多かった。ときにずっと背中を撫でてあげていたし、ときには一緒に泣いたこともあった。


 いままさに二人が傷つき痛み苦しみに顔を歪めている。駆け寄りたい衝動が湧き上がって足がむずむずする。見ているだけで胸が苦しい。


 でもしなかった。感情が自分の役割を放棄させたがるのを必死に堪えた。これが、皆で戦うことの意味だと理解できたから。


 スピカがいれば自分は絶対に安全だ。ヒメリは確信した。一筋の乱れもない心で。

 そして彼のことも。

 即座に回復するとはいえ、棘のような龍が肌を裂き走り抜ける瞬間は痛くないはずがない。


 それでもクロノは自分にできた傷などまるでそよ風でも受けているかのように気にも留めない。きっとその我慢強さが、彼の強さの一端でもあるのだろう。


 いや、自分にできた傷を気にも留めないのは、ヒメリが回復してくれると信じ切っているからか。

 掌が痛むほどに杖を握り直す。ならばその期待に、自分は必ず応えなければいけないと。






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