ヒメリの決意


 しばらくの間、呆然としたまま動けなかった。

 悲しくて、頭の中も、心の中も、ぐっちゃぐちゃに乱れていた。

 味方だと思っていた彼らが、こんな形で障害になってしまうなんて。


「ううん。やっぱり、そんなの許せない。誰かを排除するために、裏で画策するなんて」


 一時間もモヤモヤしていたら気持ちの整理もついてきた。

 ウェスナアドミニスタがどうやって彼に失敗させるのか、それはわからない。

 過去に栄光を奪われた目の上の瘤がクロノなのだろう。そんな彼が大厄震後に突然また目の前に現れ、自分たちの管轄地でめざましい活躍を見せようとしている。

 彼らにとっては、苦い過去を再現させられているように感じているのかもしれない。


 クロノに伝えるべきだろうか?

 まず最初に迷ったのはそのことだ。

 オーグアイには馴染みのプレイヤーをフレンドとして登録しておける機能がついている。フレンドとして登録しておけば、同じリーグに所属していなくとも遠隔通話ができるようになる。


 ヒメリはギルド登録した際にアリスと、スピカと出会ってパーティを組んでクエストをした時にクロノとスピカの二人とフレンド登録を済ませた。

 だから連絡は取れる。さっきのハルカとの話をまるっと伝えようと思えば伝えることはできる。


 だが伝えたとき、彼はどんな反応をするだろうか。

 自分が自分のいるコミュニティの一部から嫌われている、と知ったときの人間の反応はどんなものがあるだろうか。

 反発して戦うか。許容して静かに座すか。それとも、見限って離脱するか。


「……まあやっぱり、いなくなろうとしちゃうよね」


 容易にクロノの行動が読み取れて、ヒメリはつい苦笑してしまう。

 百回も名前を変えては新しいコミュニティに入るということを繰り返してきたクロノ。

 本当に短い付き合いだが、その短さに間に、ヒメリはクロノに少なからず親近感は持っている。彼は口こそ悪いけれど、なんやかやと気に掛けてくれる優しい少年であることを知っているから。


 ヒメリはクロノには人と向き合う強さを持ってほしいと思う。たとえ失敗して一時的に険悪になったとしても、去ってしまう以外の解決方法が必ずあるはずだから。

 ハルカたちの計画の通りにはさせない。故意にそんな状況を作り、排除するようなやり方は絶対に間違っている。


「報せなきゃ。せめてスピカちゃんにだけでも」


 事情を知っている彼女なら上手く立ち回れるし、万が一クロノに身の危険が迫っても守ってくれるはずだ。

 オーグアイを起動。フレンド登録リストからスピカを選ぶ。が。


「ダメだ。出ない……二人とも使用中……」


 さっきハルカは二人に別の用事を任せたと言っていた。そのために二人で通話しあっているのかもしれない。

 オーグアイの通話機能は、相手が使用中だと割り込めないように設定できる。これはコンテンツ中に連絡が割り込んできて邪魔されないようにするためで、コンクエストリーグのメンバーであれば常にその設定にしているとスピカから聞いた。


 彼らが今どこにいるかもわからない。下手に街を探し回っても、カリストに見つかる可能性もある。

 それならと、今度はアリスに通話を飛ばそうとしたが。


「……ビジー中だ。そういえばアリスさんは今日まで詰めの会議があるって……」


 ビジーというのは集中して活動しているときなどのために、外部からの連絡を全てシャットアウトする設定だ。アリスほどの人物ともなれば登録者も多い。会議中に無駄な連絡が飛んで来て猥雑にならないようにそうしているのだろう。

 アリス自身は今日の夜にはこちらに到着するはずだが、明日の朝の作戦決行までに事情を話して間に合うだろうか。

 どうにかしなければと気持ちばかりが急いていく。


 ウェスナは自分たちの管轄地の犯人を自分たちだけで見つけられなかったという負い目もある。その失態を挽回するために躍起になっているのだろう。

 そしてその失態を誘発したのはかつて惨敗を喫した一人の少年。

 そしてその少年が追うのはかつての仲間でありネットを騒がせたレアアイテム持ち逃げ犯。

 どこもかしこも因縁だらけだ。


「うう……人間関係が狭すぎるでしょ!」


 ヒメリは頭を抱えて呻く。

 元はゲームの狭い世界とはいえ、会う人会う人がどこかで繋がっている。

 それもこれも、クロノが名前を変えまくってあちこちで何かしら起こしているせいなのだが。

 そこに関しては後で本人に恨み言をぶつけておこうと心に決めて、ヒメリは今自分にできることを必死に探した。


 ウェスナアドミニスタは今回の作戦でクロノの妨害をしつつ、カリストも捕らえるという一挙両得を狙っている。

 でも果たして、そんな都合良くいくだろうか。


 彼らが相手にしようとしているのは、二人ともかつてアリスのコンクエストリーグで活躍していた実力者。

 そしてウェスナアドミニスタは、〈地脈の龍〉がどんなものかを知らない。

 いや、話には聞いてどんなものかは知っているはず。だけれど、アリスを初めクロノ、カリストと、実際に入手し使用経験のある彼らはその怖さを知っている。

 だからこそクロノはあれほど緻密な計画を練って提言し、準備にも余念がないのではなかったか。


 それをウェスナアドミニスタはクロノの心の弱さと見下し甘く受け取っている。

 彼らの性根を暴いてしまえば、少なくともクロノがいわれもない評価が下されることは避けることができる。

 ハルカの様子から見るに、あの計画はアリスには伝えられていないようだ。

 であれば、アリスの会議が終わり、連絡がつくようになってからウェスナアドミニスタの謀略を打ち明けるか。


 そうなればどうなる? 

 ハルカたちもおそらく否定するだろう。アリスはどちらを信用すべきか迷うはず。

 そもそも会って数日しか経っていないヒメリの話を、アリスは信じてくれるだろうか。

 相手は街を一つ任された大きなリーグだ。信用度で言えば圧倒的に不利。

 その検証のために時間もさらに食われるだろう。もしくはその停滞すらも、ハルカたちは期待した上でヒメリに計画を打ち明けたのかもしれない。

 ハルカはクロノの作戦を中止にすると既定事項のように言っていた。彼女の中では既にクロノの案通りに動く気はないということだ。

 アリスが黙ってそんなことを看過するとは思えないが、ともすれば作戦行動中にクロノを危険な場所に誘導し、カリストに狙わせるということも考えられる。


 アリスへの信奉の暴走。そしてクロノへの宿怨。

 ウェスナはその二つの感情で動いている。必ずないとは言い切れない。下手をすれば徒に誰かが傷つくだけの結末を見るはめになるだけかもしれない。


 考え出せば切りがない……。

 いずれにしてもこのままでは作戦は上手くいかず、カリストには逃げられる公算が高い。

 そしてそうなれば、その原因が自分だと知ったクロノもまたアリスたちの元から去っていくかもしれない。


 ……そうなってほしくない。

 と、ヒメリは自分の胸に湧く気持ちを率直に認めた。

 否応にも脳裏に浮かぶのは、現実世界の友人、アキのことだった。


 アキ。

 彼女はある日を境に、ヒメリの前から姿を消した。

 連絡先も、アプリのメッセージも、全ての連絡がつかなくなった。

 心配になって次の日に大学に確認すると、彼女は前の日の内に休学届を提出していたそうだ。

 ヒメリはそれから何日も悩んだ。


 彼女はまだ何か悩んでいたんじゃないか。自分にはもっと前に何かできたんじゃないか。

 〈した後悔〉よりも、〈しなかった後悔〉は自分が踏み出さなかった分、悔しさの質が違う。いつまでも心の中に楔を打たれたままで、じわじわと自分を蝕んでいく。

 なら、今度は踏み出さなければいけない。


「わたしが、ハルカさんたちを説得しなきゃ……!」


 レベルが低いヒメリには作戦行動中にクロノを守ることはできない。そんな自分が喚いたところでどうにもならないかもしれない。

 それでも、何もしないよりはマシだ。いつまでも疑懼ぎくしていたって何も始まらない。


 ウェスナアドミニスタに直談判する。

 ウェスナの謀略を中止させて、クロノの作戦が予定通りに進行されるようにする。

 ハルカとはフレンド登録もしていないため遠隔では連絡が取れない。話をつけるなら直に探し出して会う必要がある。

 今一人で外に出るのは危険。けど、アドミニスタの拠点の近くなら安全のはず。


 ここを動くなと言われているけれど。

 何かが起こることがわかっていながら、何もせずクロノが去っていってしまうような結末を待つのはごめんだ。


 ヒメリは腹を括ると立て掛けていた治療師の杖を手に取った。

 樫の木の硬い感触をなぞる。最初にクラスを選んだときに貰った初期装備。装備更新もしないままの弱い武器だけれど、大厄震の後の二か月間も支えてくれていた大事な相棒だ。


「……よし!」


 ヒメリは気合いを入れると、風車小屋を飛び出していった。




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