たかが名簿とあなどるなかれ
「――って言ってた」
「それドラマの俳優さんとかが言ったらかっこいいやつじゃんかあ!」
ヒメリは両の拳で力の限りテーブルを叩いて叫ぶ。
二人が拠点に戻ってきた後に、今日の報告を一通りスピカから聞き終わったところだった。
「いいじゃないか。なんかモテてそうな感じがして」
「わたしそんなモテ方しとうないです……」
最近気づきかけているが、どうもゲーム内外で自分に向けられる異性からの目がちょっとおかしい気がすると、半泣きでえぐえぐするおもしれー女、ヒメリだった。
横でクロノがぼそりと割り込む。
「クツシタがヤツって呼んでたプレイヤーのことが気になるな」
「それはわたしも気になった。どうやら誰かと落ち合うようだが、ソウタ、心辺りがあるのか?」
「いや、ない。あいつ、昔から奇妙な人脈があるんだよな」
「悪党同士で徒党でも組むつもりなのかもしれないな。そうなったら厄介だ……」
「クツシタが持ってた名簿も調べた方がいいかもしれないな」
「めーぼ?」
ヒメリが間の抜けた声で聞き返す横で、それにスピカも同意する。
「確かに。どうやらコンクエストリーグにいたプレイヤーが載っているらしい。見張りに持たせて街を監視していたんだな。通りでアドミニスタが見つけられないわけだ」
「クツシタのやつ、やたらとコンクエのメンバーの名前知ってるなと思ったら、あんな名簿なんて作ってたんだな。そんな豆なやつだとは知らなかった」
感心するクロノに、スピカは深刻な表情で続ける。
「そんなものが他の悪党にも渡ってしまったら、どんな風に悪用されるかわかったものではないな。それどころか、アドミニスタリーグ自体の存亡すら問われることになるかもしれない」
「えっ、なんか危なそうな話になってきましたね……」
ランキング上位常連だったスピカの名前を憶えているプレイヤーは多い。
だがランキングには五十位まで掲載される上に常に変動するため、名前が載る人数は相当数に昇る。全てのランカーを、特に下位のプレイヤーを暗記している人はさすがにいない。
平均的なコンクエストリーグの人数が十五名程度。単純にそれを五十倍して七百五十人。ランキングの変動数を加味すれば、少なくとも千人分は超える名前があの名簿には載っていることになる。
現在アドミニスタとして活動する元コンクエストリーグは、アリスが支部長を務めるアドミニスタリーグ統括委員会〈紅蘭会〉との同意を得、メンバー全員の総意があって初めてアドミニスタリーグとして周知されることになる。
ランキング上位陣にはこの世界から脱出するための探索を望む者が多く、アドミニスタとして一つの街に駐留するリーグはむしろ少数派だった。
そのためアドミニスタになった元ランカーといっても、一部を除いて順位はそれほど高くない。
ブランキストの過去最高位こそ三位となるが、ラトオリに駐留するリーグは過去最高が二十二位、ウェスナでは三十九位と順位が下がり、その分知名度も低い。
今でこそアドミニスタリーグはまだ揺籃期の中にあり、人数はそれほど多くはない。
しかし、アリスたち中心メンバーが協力を呼びかけ、拡大する傾向にある。現に、スピカが所属するブランキストは、既に十一位だったリーグと合併し、今では総勢四十人を越えている。
将来的なことを考えれば、自由に検索できるネットやランキングの載っていた公式HPがなくなった今、あの名簿は情報価値が限りなく高いと言えるだろう。
「やつらが街を移動するという話をしていたこともわたしは気になる。時期は不明だが、俗に第四都市と呼ばれているブリューナ、どうやらその先の街へ行こうとしているらしい。そうなると確保がさらに困難になる」
「その街の先って、そんなに変てこな場所なんですか?」
初心者で初期の二つの街しか知らないヒメリには、街が違うだけでどうしてそれほど二人が難儀しているのかがピンとこない。
「ブリューナは別名中立都市とも呼ばれているのだが、その所以が、ブリューナが五つの大陸を繋ぐ結節点の上に成り立っているというところにある。ヒメリもウルスラインを始めるときに、五つの大陸に跨がる大都市の絵を見たことはないか?」
言われてヒメリの頭にもその絵が浮かぶ。一時期、駅や繁華街で大々的に広告が出ていたのだが、その中で最も象徴的に宣伝されていたものだ。
「ああ、そういえば。あれがブリューナっていう街だったんですね」
「いまわたしたちが立っている大陸とは生態系すら大きく異なる大地、あるいは魔法によって閉じ込められた結界空間、あるいは広大な地下空洞。ブリューナの先にあるのはここよりも遙かに過酷な大地の上に出来ている都市だ。それだけに構造も複雑で、捜査にも人員がかかる。悪党はカリストだけではないからな。できることならここで捕まえるのが望ましい」
それにはクロノも同意のようで、頭をぼりぼり掻きつつうめく。
「悠長にアリスたちを待ってたらあいつの足取りが掴めなくなる可能性もあるな」
ラトオリ側の体勢が整うまで五日はかかるという話だった。今は関連施設への連絡、万が一街中で戦闘になった際の対応シミュレーションを組んでいるそうだ。
カリストの話し方から察するに、こちらの準備が完全に整う五日間という時間は、あまり猶予があるとも思えなかった。
「なんとか隙をついてわたしたちだけでカリストを捕らえられないだろうか?」
「さすがに〈地脈の龍〉相手に俺たちだけじゃきつい。あっちは市街戦最強のアイテムを持ってるんだ」
「では今のうちにポートゲートでみんなに応援に来てもらうか。明日中なら間に合うだろう」
「いや、あれ相手に安全策となると三十人は必要になる。アドミニスタが大挙してやってきたらめり子をリーグに誘い入れる前に逃げられるかもしれない。ポートゲートの噴出口には見張りもいるみたいだしな」
「となると、やはり応援は少しずつ入り口から入ってきてもらうしかないな。ウェスナのアドミニスタには逐次報告し警戒にあたってもらうとして、肝心のやつの確保はどうするべきか」
さすがはコンクエストリーグで名を馳せる腕前を持つ二人だ。次々と策を提案してはその欠点を指摘していく。
置いていかれたくなくて、ヒメリも必死で食らいつく。
「じゃ、じゃあわたしがもう一度時間稼ぎを……」
言いかけた途中で、スピカが首を振る。
「いや、ヒメリはもう表に出るべきじゃない。ヤツが期日までに計画を断行するとなると、ヒメリの誘拐すらも考えられる」
「ええええ」
いろいろと思案はしてみたものの、結局は最善手が思い浮かばなかった。
ひとまず今日のことをアリスに遠隔で報告し、アドミニスタの到着を慎重に待ちながら引き続き監視を続けるという結論に落ち着いた。
報告と対策の練り直しブリーフィングも一段落し、三人には束の間の穏やかな時間が訪れた。
しばらく談笑した後に、クロノがあくびをしながら立ち上がる。
「ちょい俺便所。んでそのまま部屋行って寝るわ。おまえらもちゃんと休んどけよ」
と席を離れたクロノ。
部屋数には限りがあり、単純に男女に分かれることにしていた。ヒメリはスピカと同室だが、まだ緊張が解けずスピカに少しだけお茶に付き合ってもらうことにした。
彼女も快諾してくれ、女子二人で静かなお茶会を楽しむ。
「初接触だけあって緊張しましたね。スピカちゃん、うまくいきそうですか?」
スピカは優雅にお茶を啜ってから、どこか夢心地な面持ちで続けた。
「ソウタと隠れて潜入するのは刺激的だった。世界で二人きりになったみたいで。正直もう一回やりたい。またしてきていいだろうか? 市場とか安全な場所だけでもいいから」
「意味ないでしょそれ! スピカちゃん戻って来て! そっちにいっちゃダメ!」
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