滲み出る小物感
「いちゃいちゃしてんじゃねえ!」
突然叫びだしたカリストに、最後に部屋に入ってきた禿頭が肩を跳ねさせる。
「急にどしたんすか? ボス」
「おう、戻ってきたか。いや、昼間飯食いに行ったらよ。通りでいちゃついてるやつらがいたのを思い出してな。ったく、大厄震で世界が生まれ変わったっつーのに、男と女でやるこたかわんねーな」
ヘッ、と馬鹿にしたように笑うカリスト。
「なんでも噂じゃ潜伏スキルを使って路外でことに及ぶのが流行ってるらしいっすよ。大厄震でそこらへんの抑制機能がなくなったから、好き放題できるらしいっす」
「はぁぁぁ?! なんだそれ。神聖なスキルをそんなことに使うんじゃねえよ。あほくせえ」
「羨ましいんすね」
「羨ましくねえ! 羨ましくはねえが、ムカつくんだよ!」
「ボスのそういう正直なとこ結構好きっすよ」
ちっ、と軽い舌打ちをして、カリストは目を細めた。
「それよか、外はどうだったんだ?」
「今日はボスの名簿に載ってるようなやつは一人もポートゲートには出てこなかったっす。アドミニスタが動いてるなんて話が入ってきやしたが、まだ大きくは動いてないみたいっすね」
「そうか。ならいい」
「にしてもすごいっすね。この名簿。アドミニスタの全員が載ってるんすか?」
入れ替わりで出ていった交代役に十数枚の紙の束を渡しながら、禿頭の男がカリストに言う。
「アドミニスタどころじゃねえ。俺がウルスラインを始めてからランキングに載った全てのコンクエストリーグの連中の名前が載ってる。俺なりの視点から見た、強い奴らの動きの癖とか得意な戦略なんかも含めてな」
「へええ、ボスってメモ魔だったんすね」
「平日の仕事ねえときに昼間ログインしても人少なくてやることなかったからな」
「要するに暇だったんすね」
「見るのはポートゲートだけじゃねえぞ。街ん中でもその名簿に載ってるやつを見かけたらすぐ俺にどこにいたか報告しろ」
「ういっす」
「噂と言や、ところで例の噂のやつはどうだったんだ? 誘えたのか?」
カリストが次に声をかけたのは、入り口近くに立っていた紫髪の二枚目、ヒメリに声をかけてきたあの男だ。
「手応えはありましたけど、ちょっと抵抗を見せたので一回引きました。ああいうのは追うより追わせるんですよ。スティグマクラスの名前を出したら目の色変わってましたし、脈はあります。ただ、大手に勧誘されてるって話だし、確実に引き入れるにはもうちょっとかけひきして惹き付けなきゃダメですね。明日はちょっと搦め手でいこうかと」
「直結厨のお前でも振り向かないのか。結構手強いな」
「俺のこと直結厨って呼ぶのやめません? 確かにゲームで知り合った女の子十人くらい食ったことありましたけど」
「直結厨以外の何者でもねえだろそれ」
「ああいう頑なな子って実は結構可愛い子多いんですよね。リアルのままでも可愛いんじゃないかなあ。名前からしてお姫様願望ありそうですしね」
「なんてやつだっけか」
「ヒメリちゃんですよ。カワイ・ヒメリ。名前も可愛いですよね」
カリストは、ん? と首を捻る。
「その名前、見たことあんな。前に一度声かけなかったか?」
手を挙げたのは見張り役だった禿頭の男だ。
「俺、覚えてるっすよ。確かボスが『俺がリーグ勧誘のお手本を見せてやる』つって玉砕したやつっしょ」
「あー、あれ以降ボスが勧誘することなくなったんだよな。なぜか」
「『俺が逆にhimechanに貢がせてやる』って意気揚々だったんすけどねえ」
「うるせえ! ほっとけ!」
「別に責めてるわけじゃないっすよ」
「そういやボスが得物をリーグに入れたことないなあって思ったりしなくもないですけどね」
手下たちからの指摘にカリストは目を剥き顎を突き出して反撃する。
「あーあー! 判りましたー! そんなに言うなら次は俺が行ってやるよ。それでいいんだろ!」
「むきにならなくてもいいっすよ」
「なんか相手が悪かったってのは俺たちも察してるし」
「他のやつだったらきっと上手くいってたんだろうなあ、って裏で言い合ってましたから。みんなで」
「たった一回の失敗とはいえ最初で躓くと自信なくなりますもんね」
「やめろ! みんなで優しい嘘をつくな!」
有象無象は「嘘じゃないのに……」と困ったように見合っていたが。
「ともかくだ。ゲームの世界を現実にしちまうようなやつがいるんだ。そいつを俺のもんにしちまえば、世界が俺の物になるってことだろ!」
「ボス、野望が大きいっすね! セカイ系の悪役みたいっすけど」
「俺の〈地脈の龍〉とそいつの力でまずは権力を手中に収める。リアルじゃフリーターで冴えない現実だったが、今こそ俺が輝くときだ。まさに俺こそが俺ツエー系の主人公みたいだろ!」
「ボスってネット小説読んでたんすね。スマホ派すか?」
カリストはソファの背もたれを踏み台にして立ち上がり、拳を掲げて勝利宣言をする。
「王都イリガライ。妖都クリステヴァ、近代都市サイノリーツ、帝都ヴェルカイザー。どこを取っても天下への近道だ。大厄震の後は攻略組も自分の身が可愛くなって攻略にも慎重になった。そんなら先にレアアイテムを持ってた俺が絶対的に有利だ!」
「観測者Xを味方につけて〈地脈の龍〉まであれば、ヤツだって出し抜けるかもしれないですしね」
「ああ。ヤツとの約束の日までもう時間もさほどない。これは俺に運が向いてきたぜ」
「燃えてきたっす」
カリストはソファの上に立ち上がったまま、手下たちに手を広げて命令する。
「ここでの当面の目標は、観測者Xを俺のリーグに入れてヤツのいる街に移動することだ。それ以外の得物はもう無視していい。それなりに蓄えはできたからな。おまえらはいつもより警戒を強めておけ」
「でも、あの子が本当に観測者Xなんですかね。普通の女の子にしか見えなかったけどなあ」
紫髪が腕を組んで訝しむ。
「なあに。違ったら違ったでいつも通りに所持品全部預けさせて適当なところで追放すりゃいい。どっちに転んでもリーグに誘い入れた時点で俺たちにゃなんの損失もねえ。だろ?」
片手を払うように開いてそう語るカリストに、手下たちも頷き合う。
「ほんとに自分でそいつの勧誘にいくんすか? ボス」
「いくっつってんだろ! しつけえな! てめえは俺が学校にちゃんと行ったか電話で確認してくるおふくろか!」
「その発想が出てくる時点でボスの元のリアル生活が垣間見れるっすね」
「おい、直結厨! お前も手え出すなよ!」
「だから直結厨はやめましょうよ。それ普通に悪口ですって」
文句を零す手下たちを歯牙にも掛けず、カリストの顔は自信に満ち溢れていた。
嗜虐的に口角を上げ不敵に笑う。
「やる気は出てきたぜ。絶対手に入れてやる。この俺が一度声をかけたのに振り返らなかったっつーそいつをよ。へっ、おもしれー女だ」
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