二人で潜入ミッション


 紫髪の男が足を進めるほど、ひとけは少なくなっていく。

 次第に男は周りを気にし始め、気取られないようにきょろきょろと見回すようになった。


 そこはウェスナ旧開発地区と呼ばれている区域。

 設定上は三百年前にウェスナを興したとされる英雄が、この地のヌシであったモンスターを討ち滅ぼした際に、その血で池ができたとされる曰く付きの場所。

 英雄はそのモンスターの怨念を晴らすためにそこに石碑を建て、その地を忘れぬようにと小さな村を拡げたのが始まりだ。

 だが今では様々な地区が四方に広がり、草木が柱に絡まっている廃屋がぽつぽつと残るだけの殺風景な広場になっている。

 大厄震以前はメインシナリオを進めると何度か訪れる場所だが、今となって訪れる人はほとんどいない。


 男はそんな場所を周囲の目を気にするように辺りを見回してながら足を進める。不意に立ち止まると、二軒の廃屋の間の狭い通路に入りこんでいった。

 人が一人やっと通れるくらいの道を前に、クロノたちは少しばかりの驚きを口にした。


(ここにこんな場所があったのか)

(わたしも初めて来た。もしや、大厄震で侵入可能になった場所の一部かもしれないな)

(ああ、そういやアリスがそんな話もしてたな)

(隠れる場所に丁度よかったんだろう。ソウタ、見てみろ。奥に別の小屋が建っている)


 男はその小屋に真っ直ぐ進んでいるようだった。

 音を立てないように狭いを道を通ったため、男との距離が空いてしまった。その間に男が小屋に入りすぐに扉を閉じたせいで二人は入れなかった。

 窓もない小屋で中の様子が窺えず歯噛みしていたら、今度は中から別の男が荷物を抱えて出てきて扉を半開きのまま手前の小屋の方へ離れていった。

 すぐ戻るつもりで開けたままにしたのだろう。その隙に、二人は中に忍び込む。


 薄暗い廊下をじりじりと進んでいくと、灯りが漏れている部屋に行き着いた。手近な隙間に身を滑らせて、中を窺う。

 雑多に家具が並べられた部屋の中では、紫髪の男を含む四人の男が机を囲んでいた。それぞれがつまらなそうに口を閉じている。どうやら誰かを待っているらしい。

 この場に被害者らしき人物がいないのは幸いか。


(歯痒いが、オーグアイは使えないな。使った瞬間にわたしたちがいることがバレてしまう)

(ああ)


 言いながら、二人は四人の中の一人、革張りの二人がけソファの中央に足を広げて座っている男に注目する。

 白髪の頭に多重ピアス。首に蝶のタトゥ。革のジャケットを着た細身の男。


(被害者から聞いた男の特徴と一致する。あの男がカリストであるのは間違いなさそうだ。だが、かつてソウタたちの仲間だった男かどうかは、さすがにこの状態ではわからないな)


 クロノは無言で、カリストがリズムを取るように人差し指で机をとんとんと二回叩く様子を観察していた。


(いや、間違いない。あいつがクツシタだ)


 断言するクロノに、スピカは驚き目を見開く。


(さっきも聞いたが、どうしてそんなにすぐ判別できるんだ?)


 クロノは一言、「動きの癖だ」と言った。


(多分アバターは事件後に変更したんだろうな。昔のあいつはもっと大柄だった。でも、動きに癖が残ったままだ。クツシタは苛ついてるとき指先で二回ずつ机を叩く。そのときの動きそのままだ)

(ソウタ、そんな昔の仲間の、そんな細かい癖まで覚えてるのか?)


 不思議なことでも聞かれたかのようにクロノは怪訝そうな顔をした。


(当たり前だろ。仲間のこと知っとかなきゃ攻略が難しいコンクエで連携なんてできないからな)

(……本当に凄いんだな、ソウタは)


 そのとき二人の背後でガタンと木が打ち合う音が鳴った。

 さっき荷物を外に運び出していた男が戻ってきていた。スキルで隠れているスピカの真横すれすれを通り過ぎようとする。

 すんでのところで、クロノはスピカの肩を男と触れないように引き寄せた。


(もっとこっちに寄っとけ)

(ソ、ソウタ、その、肩……っ)

(あいつらの誰かと少しでも触れたらスキルの効果がなくなる。あいつらが自由に通れるだけの隙間を空けておくんだ)

(ひぅ……っ)

(あ、わりい)

(い、いや、いいんだ。こんな格好をしてるわたしが悪い、からっ!?)


 大きく肩が露出したスピカのアーマード・ドレス。その輝く肩に無遠慮に置かれていたクロノの手が離れ、今度は腕ごとスピカの細い腰に回る。


(ここならいいか?)

(えっ? ふぁっ、あ、あの、そこは――)


 驚いたスピカが身をよじる。バランスを崩して足元の木箱を蹴りそうになった。


(あっぶねっ)


 ぶつかる前に、クロノはさらにぐっと力を込めてスピカを抱き寄せる。


(――! ゛まっ、て。ソウタ、゛まっ)

(気をつけろよ。さすがに潜伏スキルでも物が出す音まで消せないんだから)

(ちがくてっ。腰っ、そんな強く抱きしめられたら、わたしっ、あのっ、顔も近くてっ、゛まっ)

(待て。もう一人入ってきた。まだ外にいたのか。これで全員か? 横通ってくるぞ。さっきのやつより身体がでかい。もっとくっつけ)

(゛まっ! ふぅぅ……っ!)











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