合コンの呂布だった友人の助言が活きるとき


 ハッ。と思い出した。

 いけない。嬉しくなってる場合じゃなかった。

 なんとかヒメリは自分を取り戻した。

 ここは、相手から情報を引き出さなくていけない場面。簡単についていくような人間には男も内情を打ち明けてはこないだろう。


 むむむ、と目つきを強めて頭の中で作戦を練る。

 初対面の男相手に資産状況などの情報を吐き出させるには、自分が簡単には攻略できない女であることを演じればよい。と友人の一人が言っていたことを思い出した。彼女は合コンの呂布だった。

 今こそその助言が活きるときだ。


「そ、そんな誘い文句なんてつまらないんですけど! やり直してきてもらっていいですか!」


 ツーンと顔を背けて冷たく言い放つ。

 急に態度を変えられて困ったのは男の方だ。


「えぇ? やり直すって、具体的にどうすればいいんだい?」

「ぐ、具体的?」

「できれば君に、理想的な口説き方を教えてほしいなあ。僕がそれを実践してあげるからさ」

「え、えーと、えーとっ」


 ぐるぐる頭の中でアイデアを捏ねくりまわす。

 そうだ。自分が欲しいものをさりげなく言葉の端に潜ませて言えばいいって友人の呂布が言ってた。


「例えばなんか凄いアイテムを持ってるとか! 限られた人しか持ってないアイテムを持ってるとか! そうだったら話は別かもしれないですけど!」





 後方では、静かな叫び声がこだましていた。


(めり子おおおぉぉ! わざとらしすぎんだろ!)

(ちょっと思ってたが、ヒメリは演技が苦手みたいだな……)


 ヒメリが我に返ったのはいいものの、もう少し交渉の仕方を予習しておくんだったと、二人は反省した。





 だが男の方は逆に感心したらしい。にやりと口角を上げ、ヒメリを見る目つきが変わった。


「へえ、やっぱわかってるんだね。リーグの力ってのは、どれだけ強力なアイテムを持ってるかで左右される。レベルは低いみたいだけど、そこらへんの事情がわかるってことは、ただの初心者プレイヤーじゃないってことは間違いないね。僕が一足早く君を見つけられなかったことを後悔してるよ」


 何を言ってるのかはヒメリには半分くらいしか理解できなかったが、とりあえず肯定的に受け取ってくれているようなので大きく頷いておく。


「そ、そうですとも! だからただのレアアイテムごときで釣られたりしないんですからね!」


 ふふん、と男は鼻を鳴らした。


「わかってるさ。つまらないもので君を誘ったりしないよ。実は僕たちのリーグ、ここだけの話だけど、めっちゃ凄いアイテム持ってんだ」

「ええ!? めっちゃ凄いアイテム!?」





(ダメだアイツ)


 大仰すぎる反応をするヒメリに、クロノは溜息。


(だがあの男のリーグが持っているアイテムというのが怪しいな。〈地脈の龍〉のことだろうか)

(可能性はあるな)


(ならばアイツをつけよう。何かカリストに繋がる情報を得られるかもしれない。まだスキルの効果時間に余裕はあるか?)

(ああ。問題ない。ただ、めり子がどうするかだな。本気でついていきかねないぞ)

(事前にやつらの拠点の場所を聞き出すだけにするようには言ってあるが……)





「スティグマクラスって知ってるだろ? 同じ物は二個もない超レアアイテム。今じゃコンクエストリーグの連中ですら危なすぎて攻略にいけないような場所で手に入る代物だ」


 スティグマクラス! 

 聞いたことのある名称が出てきて、ヒメリは身体が跳ね上がるのを必死で抑えた。


「ふ、ふーん!? まあでも? 実際に見せてもらわないと信じられないですし? ほら、わたし、結構大きなリーグからお声がかかっちゃってますから、そんなにほいほいついて行くと思ったら大間違いなんですからね!」


 顔を背けつつ鎖骨に指先を当てて高貴な女を演出すると、男は露骨に困りだす。


「そりゃあ、困ったな。持ってるのは僕じゃなくて、僕がいるリーグのリーダーなんだ」

「そ、それじゃあダメなんですからね! このわたしを誘いたかったら、目の前で披露してくれるくらいじゃないと!」

「うーん。すぐ見せるのは難しいな。でもあるのは嘘じゃないんだよ」

「ダーメ! 実物を見せてくれることが絶対の条件なんですから!」


 さあもっとあの手この手でわたしを釣ろうとしなさい、と内心で意地の悪い女の笑みを浮かべるヒメリ。

 男の子が求めてくるのに、気を持たせながら否定するのって結構面白い。癖になりそう。

 と楽しくなってきたとき、男は笑みを維持したまま、ぽつりと言った。


「そっか。じゃあ残念だけど今回は諦めるよ」

「゙えっ」


 あっさり引き下がる男に、ヒメリは思わず喉から低い声が出る。


「また日を改めて出直すよ。まだこの街にはいるんだろ? 次はもっと魅力的な話を持ってくるからさ。また話を聞いてくれると嬉しいな。うちのことも一つの候補として覚えておいてよ」

「えっ、いや、あの、いいんですよ。今でも」


 あわあわと取り繕うも、男はやれやれと言わんばかりに両手を上げて溜息をつく。


「やっぱ大手から誘いを受けてる子は身持ちが固いね。スティグマクラスの名前を出しても靡いてくれないなんて」

「あ、あのでも、やっぱりすごいなー、なんて」

「無理に気を遣わなくていいよ。優しいんだね。ワールドオンリーのアイテムですらできない才能を持っている君に、スティグマクラスのアイテムで誘うなんて野暮だった。一旦アジトに帰って出直してくるよ」

「な、なんなら、わたしが後でお訪ねしても……場所とか教えてくれたら」

「か弱い女の子が来るような場所じゃないからさ。慌てなくていいよ。僕はきっとまた君に声をかけるから」 


 と決め顔で二本指を立ててピッと跳ねさせると、未練も見せずに踵を返して振り返る。


「あれ…………?」


 おかしいな。なんか最後の方は立場が逆転していたような。

 ヒメリは呆然としつつ、去って行く男の背を眺めるしかなかった。





隠れている二人は同時に頷き合った。


(よし。いこう)

(すまない、ヒメリ。拠点で待っていてくれ)


 ヒメリの後ろから通り過ぎ様にジェスチャーで念を送る。もちろん伝わってないのだが。






 結局、リーグに潜入するどころか、アジトの場所すら聞くこともできなかった。


「スピカちゃ~ん、ごめんなさぁい。失敗しちゃいました~ぁ……」


 ヒメリは一人取り残されたことにも気づかず、ひぐひぐと鼻をすすりながら拠点に帰るのだった。




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