弱ってるときに手を差し伸べてくれたときのアレ


 変化はさらに二日後に起きた。


 低レベルの治療師で、なおかつリーグに所属していない女性プレイヤーというのはもとより数が少ない。

 ヒメリが噂の主だということは一日と経たずに早々に特定されていた。


 大厄震がどうして起こったのか。

 そのことに関心を持つ人は多く、ヒメリが外を歩くだけで数え切れないほどの赤い視線が降り注ぐ。

 そんな中でも、噂の真偽を直接ヒメリに確かめに来る人はいなかった。あくまで噂は噂だと今はまだ距離を置いているのだろう。

 その代わりプレイヤーたちは、遠巻きにヒメリを見ながら、ひそひそと話し出す。


「あの子が、himechanX……?」

「姫可愛いって名前。すげえ自信だな」

「あれは自尊心ステータスMAXだわ」


 ばっちり聞こえているひそひそ話。そそくさと顔を背けてヒメリは逃げる。


「ちがうもん、ちがうもん……!」


 涙目になって呟きながら、クロノたちの指示通りに街を一人で徘徊していたときだった。目の前をひとつの影が遮った。


「君だろ? 今噂になってる女の子って」


 現れたのは、紫色の髪をした優男然とした風貌の若い男だった。男が格好をつけて髪をかきあげると、香水なのだろう、甘い匂いが鼻をつく。

 ヒメリは警戒心を高めた。

 これだけ他のプレイヤーたちが悲しくなるほどに自分から一定の距離を保ったままひそひそしている中で、自分に近付いてくるなど、よからぬことを考えている人物に違いない。


「う、噂……?」


 おどおどと返事をすると、男はお面のような親善的な笑みを浮かべたまま続ける。


「噂は噂だよ。あれは君のことなんだろ? 隠れた才能ってやつ。僕も興味があるんだ。よかったら、僕のリーグの話を聞いていかないかい?」






 (きたかっ!)


 スピカが木の影から身を乗り出して反応する。しかしその派手な動きに、前方の二人は全く気づかない。

 クロノとスピカの二人もただヒメリを一人で歩かせていたわけではない。クロノのスキルによって身を隠しながら数メートル離れた場所でヒメリの様子を観察していた。


 ミラージュ・スクリーン。

 光学的な屈折効果を、クロノ自身と彼が指定したプレイヤーに発揮するスキルだ。効果中は、会話も外に漏れることはない。二人は声を潜めることもなく堂々と話し合っていた。


 しかし隠れている間は攻撃系のアクションは起こせなくなる上、スキルのかかっていない人間やモンスターに触れると強制解除される。

 通路の真ん中で後ろからやってきた歩行人とぶつかってスキルが解除されないように二人は並木の間に身を潜ませつつ、万が一ヒメリに何か危害が与えられるようなことがあれば存在がバレることを覚悟して飛び出す心づもりで、慎重にヒメリに近付いてきた男の様子を窺う。


 男の相貌が被害者たちの話す犯人一味の一人に合致していることを確認し、スピカがクロノに訊ねた。


(見るからに軽そうな男だ。あの男が〈地脈の龍〉を持っている例のヤツだろうか?)


 スキル効果中はオーグアイも起動できない。本人かどうかの確認は、過去を知っているクロノ頼みだ。

 クロノは十秒ほど男を観察し、かぶりを振った。


(……いや、あいつはクツシタじゃないな)


 確信的に否定するクロノに、スピカは「ん?」と首をひねる。


(ソウタ、どうしてそんなにすぐ断言できるんだ? 名前はともかく、二年前とは容姿も変わってるんだろう?)


 断言するクロノにスピカが疑問に思い、問いを投げかける。


(待て。なんかめり子の様子がおかしい。あいつ、なんか震えてるぞ)


 二人は会話を止め、成り行きを見守ることにした。






「どうかな? 僕のリーグに来てみない?」

「ど、どうしてわたしなんでしょう……?」


 びくびくと杖を盾にしながら、ヒメリは訊ね返す。

 男の方は笑顔を絶やさない。


「君みたいに可愛い子には是非来て貰いたいなって思ってさ。思い切って声をかけてみたんだ」

「でも変な名前ですし。地雷ねーむらしいですよ。ふふ……」


 あのわざと流した噂のせいですっかり心の防御力を削られていたヒメリ。

 すると男はオーグアイを起動し、ヒメリのステータスを確認。少し悩むように繭を歪ませてから、あっけらかんと言う。


「え? 君の名前のことかい? 別に普通だと思うけど?」

「…………?」

「もしかして誰かに何か言われたのかい? ひどいやつらだな。そんなの気にすることないよ」

「…………っ」

「人の名前でいじってくるやつなんて、最低だよ。許せないな」

「…………!」

「どうしたんだい? そんなに震えて。ほら、顔を上げてごらん。可愛い顔が台無しだよ」 


 ヒメリは言われた通りにゆっくりと俯いていた顔を上げる。


「せ、せいろん~~!」

「えっ?」

「ほんとですか? 普通ですか? ですよね! 変じゃないですよね!」


 パァァッと光が漏れるほどに、ヒメリは抑えきれない笑みでにっこにこだった。


「もちろん、ほんとだよ。それでどうかな? 君には僕のリーグ、ぴったりだと思うんだけど」

「えー、どうしよっかなあ……?」

「絶対似合うって。うち来ちゃいなよ」

「そんなにいいリーグなら、話くらいなら、聞いてもいいかなぁ……」

「ほんとかい?」




 


(あいつ、本気で喜んでんぞ)

(ヒメリ、思い出すんだ! そいつは犯人の一味かもしれないんだぞ!)


 思ってた以上にチョロかったヒメリ。

 後ろでわちゃわちゃと大きく動いて注意喚起するも、スキルで音が遮断されている二人の声が彼女に伝わることはなかった。




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