HimechanX
一同は、徒歩でウェスナへ向かった。
街と街をワープして移動できるポートゲートの利用は避けた。移動した先は一箇所に固定されており、そこでカリストからクロノとスピカがオーグアイで見られないとは限らないというアリスの助言に従った形だ。
特にアドミニスタのメンバーとして有名なスピカが犯人の一味に見つかった場合、そのまま雲隠れされてしまう可能性を危惧したためだ。
街へは夜の闇に紛れて潜入し、拠点を決めて行動することになった。
ウェスナに続く森の道中。一度通った道を引き返しているだけとはいえ、向かう方角が変われば景色も変わって見える。
ヒメリは二人についていきながら、緊張を紛らわすように話しかけた。
「ふと思ったんですけど、こういう警察の仕事みたいなものも、ギルドリーグで依頼が出るんですね。アドミニスタが独自でやってるのかと思ってました」
「わたしたちは治安維持を任されてるとはいえ、リアルでは本職ではなかったからな。未熟も未熟だし、素人にやらせれば権力を持ちすぎる可能性も否めない。だからギルドリーグと相互に監視しあえるように今のシステムができたんだ」
「なんだか、逞しいっていうか、頼もしいですね。この世界に取り残された人たちが協力しあって、みんなで生きていこうって気持ちが強いっていうか」
「ああ、だからこそ、それを乱そうとする輩を放ってはおけない。ギルドリーグを介することで周囲にも協力を求めやすくなるしな。今回の件に関しては隠密行動が求められるから大々的にはできないが……」
「アリスさんたちとも因縁が深そうですもんね。今後のことを考えたら、大々的に捕り物ができないってのは理解できる気がします」
ふと彼はどう思ってるのだろうと視線を向ける。やはり思うところはあるようで、静かに切り出した。
「まさかあんなことをするやつだとは思ってなかった。一緒のリーグにいたときは、なんかあいつとはシンパシーを感じてたんだけどな」
「ああ、それ多分似た者同士ってやつですね。名前のセンス的な意味で」
「そこまで言う?」
「ここだけの話だが……」
そのとき、スピカが立ち止まってぼそりと言った。二人も足を止めて、振り返る。
「スピカちゃん、どうしたんですか?」
「わたしもあの名前は正直どうかと思った。ソウタと出会ったときにソウタがソウタでよかったと心の底から思う」
「…………」
「まあそうなりますよね」
そんな他愛ない会話を重ねて足を進めていたが、街が近付くにつれ、緊張で心臓の鼓動がはやくなっていった。
三人の拠点となる場所は、ウェスナのアドミニスタが用意してくれた風車小屋に決まった。
ポートゲートでプレイヤーたちが飛んでくる〈ターミナル〉のある街の中央区は避け、街の東端にあるグラネス森林に接する場所にある無人の古い風車小屋を利用することになった。
この中でなら二人もスキルで隠れる必要がなく消費が抑えられる。人の往来もほとんどない。
街中で噂を立てるのもウェスナアドミニスタに協力を依頼した。アリスたちと相談して作った例の噂は次のようなものだ。
『とある低レベル治療師がコンクエ最高峰リーグのメンバーに大抜擢!? 初心者のプレイヤーとしては異例のスカウト。ステータスとは異なる隠れた才能に目をつけた? 大厄震との秘密の関係性も噂され、数日後にここウェスナに幹部たちが直接話をつけに来るという話も。彼女は果たして首を縦に振るのだろうか!?』
大手からスカウトされているという事実だけではカリストを釣れない、というクロノの指摘があり、よりユニークさを出すために台本は五回も改稿が繰り返された。
結果、ヒメリが観測者Xだと匂わせようということになり、食堂や酒場、市場などでその噂が流布されていくことになる。
ヒメリは自分を取り巻く状況が本格的に変わっていくのを実感した。まるで自分が本当に大物になってしまったような気がして、歯の根がムズムズする。
「ううう~、ホントに大丈夫なんですかぁ? これ」
「心配すんな、めり子。完璧だ」
「少し無理はあるような気はするが、ウェスナのアドミニスタが上手くやってくれているようだ。このまま様子を見よう」
と三人で言い合っていた翌日、巷では大手リーグの幹部がとあるhimechanにご執心という噂になぜか変わっていた。
「初心者の女治療師? しかもまだリーグ無所属って、そんなにいないよな」
「あ、その子見たことあるよ。なんとかヒメとかいう名前の子」
「レベルも低いのにどんな手管で惑わせたのか。やっぱ貢いでもらってんのかなあ」
「コンクエのメンバーを狂わせた魔性のhimechanがこの街にいるらしい」
「隠れた才能? 大厄震と関係って、まさか、大厄震を起こしたのってhimechan!?」
「これはもう観測者XではなくHimechanXでは?」
あっという間に噂は広まったものの、内容が少しばかり改編されて伝わっていた。
「なんで……? なんで……?」
拠点のテーブルでヒメリがわななくと、隣に座るスピカも腕を組んで哲学でもするような難しい顔で頷く。
「噂というものはねじ曲がって伝わるものだからな」
「ねじ曲がってっていうか、面白がってねじ曲げてるでしょ絶対!」
涙目で訴えるも、クロノまで納得顔だった。
「現実になった世界とはいえ、残っているのはゲームプレイヤーばっかりだからな。みんな掲示板とかまとめサイトとか大好きなんだ。俺もよく見てたし」
「ゴシップ好きが多いってことですか……」
「大筋は伝わっているし、それほど気にする必要はないさ。ヒメリは堂々と構えていればいい」
「はぁ、なんか釈然としないですけど、わかりました……」
「正直、草」
「クロノさんうるさい!」
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