きゃんきゃんわんわん
「何? どういうことか説明しろ」
「話は約二年前、当時行われた大型アップデート〈暴虐と呻吟のエリオドール〉にまで遡るわ。あの頃はレアアイテム、特にスティグマクラスのものが初めて投入された時期だった」
「懐かしいな。皆で競って奪い合ったものだ」
「今でも有用なものは多いと聞く。ワールドオンリーと所有権の考え方が似ていて、早い者勝ちだったな。残念ながらその大半は所在もわからなくなっていると言うが、それが何か関係しているのか?」
懐かしむ声が収まるころに、アリスは一呼吸置いて、静かに天井を見上げる。当時の記憶を呼び起こすように。
「二年前、私がリーダーを務めていたコンクエストリーグ〈アレハカタブラ〉。厳しい攻略競争に打ち勝ち、とあるスティグマクラスのアイテムを手に入れた。それは装備型で、広範囲掃討型特殊武器である〈地脈の龍〉と呼ばれるものよ」
「まさか犯人がそれを持っていると?」
「また厄介な……」
記憶に思い当たるアイテムでもあるのか、数人の古参プレイヤーたちが唸り声を上げる。
「〈暴虐と呻吟のエリオドール〉といえば、わたしとソウタがブランキストに入るよりもさらに一年くらい前の話だな。わたしでさえまだ最初の街ウェスナで頼りなく剣を振っていたころだ」
ベテラン勢の昔話にぴんときていないヒメリは、スピカの懐かしむ声の方に耳を傾けた。
「結構初期のことだったんですね」
「そのとき既にソウタはコンクエストリーグでトップを走り続けていたということだな。さすがだな。ソウタ」
クロノのことですぐに自慢気になるスピカとは対照的に、アリスたちは沈痛だ。
この会議が開かれた経緯には、二つの偶然が関係している。
まずヒメリが、スピカの追っている男からウェスナで声をかけられていたということ。
そして、ヒメリが犯人から聞いた自慢話。あの誇張されたような話は事実であり、その当事者がすぐ傍にいたということだ。
話を聞けば、あれをやり遂げたのは犯人ではなく、クロノだったという。
どうやら決死の覚悟でモンスターにしがみついて倒せたというのは事実であったらしい。
さらに、当時クロノがそのモンスターを攻略していたのは、アリスが率いていたコンクエストリーグに所属していたときのことだった。
モンスターの名前は正確にはブラッドスキュラーといい、馬の胴体に足を六本持ち、人型の上半身に犬の頭がついた奇妙な姿のハイモンスターだという。
当のクロノはあまりそのことを鮮明に話したくない様子だったが、どうしても聞いてみたくて、その間食事とかトイレはどうしてたんですか? と訊ねたら、「ペッt……」と何かを言いかけて、すぐに気まずそうに顔を背けて黙ってしまった。
その先は口を固く結び、「ねぇねぇねぇねぇ」といくら身体を揺さぶって催促しても話してくれないのでヒメリも諦めたのだが。
アドミニスタのひとりが挙手し、発言を認められるとアリスに問いかけた。
「ということは、ギルド長は犯人の正体に目星がついているということでいいのか?」
アリスは大きく頷いた。
「ええ。あんな特徴的なアイテムを持っている人物なんて、私は一人しか思い当たらない。ネットの一部では有名だった、かの〈玉三郎借り逃げ事件〉の犯人よ」
なんだか気の抜けるような名前がついた事件を聞いて、手を打ったのはアドミニスタの面々だ。
「思い出した。当時は大騒ぎだったな。運営はいざこざもプレイヤーに解決させるスタンスだったが故に、犯人捜しもプレイヤー同士で協力しあって行ったが、結局逃げられてしまった」
なんでも、アイテムを盗んだ犯人が掲示板で使っていたハンドルネームが玉三郎なのだそうだ。
彼はアリスたちのリーグからレアアイテムを盗み出した後、犯人捜しをする有志たちをおちょくるだけおちょくった後に突然鳴りを潜め、それ以降はウルスラインの中でも彼らしきプレイヤーを見る人はいなかった。
一部ではさすがに悪質だからということで運営がアカウント剥奪をしたのではないかという噂も立ったが、どうやらその推測は外れていたらしい。
「そうか。レベルの低い初心者ばかりを狙っているのは、その事件を覚えているベテラン勢に目をつけられないようにするためでもあるわけか。狡猾だな」
「じゃあ元を辿れば支部長の不始末が起こした結果ということじゃないか。これは公になればギルド長の責任を問われかねないぞ」
その指摘も織り込み済みの今回の情報開示だったのだろう。アリスは両手を上げて騒ぎを静めてから首肯する。
「わかってるわ。もちろん、かつて私のリーグからアイテムを盗んでいったそいつが誰かに売り渡したという可能性もあるけれど、いずれにせよどこかで繋がっていることには変わりない。できることなら、これを機にそれにも決着をつけたいと」
そこまで言ったところで、さらに責めるように厳しい声が上がる。
「私怨でアドミニスタを動かす気か? 大厄震以後二か月、善良なプレイヤーたちの協力のおかげでようやくアドミニスタが治安維持機能を持っていると認知されはじめてきた時期なのに、私情を挟めば権威の私物化と捉えられかねないぞ」
「個人的な感情があるのは否定しないわ。でも私はあくまでこの世界に取り残された人たちの安全を守りたいだけよ。あのアイテムは、使い方を間違えれば多くの犠牲者を生み出しかねない。勧誘の材料に使っているだけの今のうちだからこそ、犯人の背景がわかっている私たちがリーダーシップを執るべきなのよ」
バチバチと火花が散るほどに議論を交わすベテランのメンバーたちに、ヒメリはたまらず怖じ気づいて情けない声が漏れる。
「ひょ、ひょえぇぇ……」
物々しくなっていく会議場。ヒメリは限りなく自分が場違いな気がして逃げるようにクロノとスピカに目を向ける。
すると、スピカがその視線に気づいて肩を竦めてみせた。
「気にすることはない。これが彼らの日常だ。怒っているわけではないから安心していいぞ。キャンキャンワンワンというやつだな」
「きゃ……?」
「侃々諤々な。わかりやすくわざとボケんな。コンクエ攻略会議のときもこんなんだったな。口を挟めば十になって返ってくるから、俺も言葉を選んで喋る癖がすっかりついちまったよ」
「一応聞きますけど、それも冗談のつもりですよね……?」
ヒメリの疑問を無視するクロノの代わりにスピカが補足する。
「少しの判断ミスが失敗に繋がるコンクエストでは、細部まで攻略行動手順を詰めておかないといけないからな。皆が正しいと思う意見をぶつけ合うから、自然とこうなってしまうんだ」
「攻略組って、そこまで真剣になる必要があったんですね……。わたし、もっとゲームって楽しげにやってるのかと思ってました」
三人のまわりでは、相変わらずアリスを筆頭にアドミニスタやギルドのメンバーが激しい言い合いを繰り返している。ぽけーっと眺めているヒメリに、今度はクロノが机に肩肘をつけながら訊ねてきた。
「ところで、勧誘を受けなくて結果的には正解だったとはいえ、なんで入らなかったんだ? めり子はリーグに入りたかったんだろ?」
「あ、えっと……昔、似たようなことがあったんです。駅前で」
「似たようなこと? その話し方からすると、ヒメリのリアルでの話か?」
「そうなんです。ひどいんですよ。友達と都心に遊びに行ったときのことなんですけど」
とスピカに答えると、クロノが即座に馬鹿にしたように口を歪めてきた。
「ハッ、リア充が」
「その脊髄反射も飽きてますからもう何も言わないですけど、ちょっと吐き出したい話だから続けますね」
「ハイ」
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