少年漫画でよくある重役会議のやつ


 場所は変わり、ラトオリのギルドリーグの奥にある広々とした会議室。


「今日集まってもらったのは、大厄震以後のこの二か月間で、段々被害が増加してきているプレイヤー間の資産の強奪……特にまだレベルの低い初心者だった人や、情報に疎いままこの世界に取り残された人が中心に狙われているウェスナでの被害について、捜査に進展があったからよ」


 並んで座する貫禄ある怖面の男たちに、アリスは堂々たる声量で告げる。


「私たちはこの事件を、アドミニスタの責務として追ってきた。そして此度、私たちは主犯に関する有力情報を手に入れたの」


 ラトオリギルドリーグ長、兼、全アドミニスタリーグ統括委員会、通称〈紅蘭会〉コールドバーグ大陸支部長アリス・エルカトールが力強く語るのを眺めながら、クロノとヒメリ、そしてスピカの三人も、入り口近くの席で会議の行方を追っていた。


 主に会議に参加しているのはラトオリのギルドリーグ、アドミニスタリーグの幹部たちだ。総勢二十名を越える街の重要人物たちが、一堂に会しアリスを見返していた。


 割り入るように、一際大柄な顎髭の男がヒメリに品定めでもするような目を向け、地響きでも起こしそうなほど低い声で言った。


「それはいいが、なぜこの集まりにレベルが十にも満たないようなやつがいるんだ?」


ヒメリがこの場に入ったとき、全員からオーグアイの赤い視線の雨が集中した。一斉に向けられた異物を見る視線にヒメリは圧倒されて、借りてきた猫のように縮こまった。

 ヒメリ以外は全員が大厄震以前から最高レベルとなる70だ。ヒメリはあからさますぎるほどにこの場には不釣り合いで浮きまくっていた。


「ヒメリちゃんがウェスナで一度犯人のリーグから勧誘を受けているそうなのよ。今回は重要参考人としてここに来てもらっているの」

「ハ。まさか俺たちはこんな初心者に助けを求めないといけないほど遅れを取っているとでもいうのか?」

「残念ながら、現状はそう言わざるを得ないわね」

「なんだと?」


 アドミニスタメンバーとして誇りを傷つけられたとでも感じたのか、アリスの物言いに顎髭は青筋を立てる。

 喧嘩腰の顎髭を無視して、凜とした声を発するのは、アリスの隣に立つ眼鏡をかけたグラマラスな女性だ。


「主犯は警戒心がとても強く、捜査に赴いたアドミニスタの誰一人として今だに接触には成功していません。ウェスナではアドミニスタメンバーによる巡回も増やしましたが、これも効果は得られていないのが現状です」


 彼女はウェスナアドミニスタの副リーダーを務める若き才媛だ。アリスとも親交が深く、今回の会議では副議長を務めることとなったそうだ。

 アリスは彼女に続くように残念そうに首を振る。


「〈真実の目〉たるオーグアイというシステムが仇になったわね。あっちはこっちがベテランかどうかひと目で見分けてしまうんだから」

「今まで我々が見つけられなかったのは、オーグアイのせいだとでも言いたいのか」

「言いたいも何もその通りよ。大厄震が起きてリアルに戻れなくなった私たちは、アバターの情報が自分の個人情報となってしまった。オーグアイは誰でもその情報を詳らかにする。首から戸籍をぶら下げて、ご丁寧に所属リーグ名までご開帳して外を歩いているのよ」

「それは相手も同じだろう」


 反論を繰り返す顎髭に、副議長が口を挟む。


「わかっていませんね。互いの前提条件がすでに異なっているということです」

「前提条件だと?」


「私たちは怪しい人物を見つけても、接近して犯罪の証拠を掴まなければ確保はできない。しかし、向こうはすでに名が通っている私たちのリーグ名を遠くからでも瞬時に見分けることができます。おまけに所属しているメンバーはかつてランキングでも名を連ねていた実力者ばかり。リーグを変えたところで個人の名前で判別できますし、名前は大厄震以後はログアウトできないため変えることはできません。つまり、我々の姿が遠くからでも一瞬見られた時点で相手は身を隠すと考えた方がいい」


 それで顎髭もようやく理解したようだった。


「アドミニスタに所属しているのはそのほとんどが元コンクエストリーグにいた者たち……。対してそいつらの名前は世間には知られておらず、名前を見たところで犯人かどうかはわからない……。互いに対峙して得られる情報量は同じでも、我々は真偽を確かめる手間が余計にかかるということか……」


「迂闊に街中も歩くことができないな」

「いや、しかし、そいつがコンクエストリーグのメンバーを全員覚えているわけがない。分散して接触を試みれば――」


「それで一人でも心辺りがある人間が見つかってしまったら? 警戒心の強い犯人ならすぐに調査されていると感じるでしょうね。それでポートゲートで他の街に雲隠れされてしまったらこっちはまたふりだしよ。そんな賭けに出てさらに被害者を増やすような杜撰なことは私はしたくない。これまで犯人の影すら掴めなかったのは、あっちが何かしらアドミニスタリーグに関する情報を握っているからだと考えるしかない」


 その点でアリスの言葉に反論する者はいなかった。


「わかったかしら? その中でヒメリちゃんは彼らと接触した数少ない情報提供者なの。レベルが低いからといって邪魔者扱いは私が許さないわ」

「むぅ……」

「彼女がここにいる理由はわかった。だがしかし、本当に信頼できる情報なのか?」


 幾分か冷静な意見が出てくると、アリスも声のトーンを少し落として答える。


「ヒメリちゃんをここに呼んだのは、彼女が首謀者から勧誘を受けた際に、ある自慢話をされたという証言を持っているからよ。その内容に私も驚いたわ。今回の会議を開いた理由の大元はそこにある。なぜならその話には私も覚えがあったんだから。――当事者としてのね」


 途端に、会議場全体がざわめいた。





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