自分だけ顔も名前わかってるのに相手はそうじゃなかったときのアレ 本文編集


 大厄震に伴って起きたゲーム内の異変。

 細かく分ければ変化は多岐に亘るが、大きく括れば四つにまとめられる。


 ログアウトの不可。

 衣食住の現実世界化。

 侵入不可能域だったマップの拡張。

 そして、NPCだったゲーム内キャラクターたちの人間化だ。


 RPGでありシナリオがある以上、プレイヤーではないNPCが必ず存在する。

 ではAIで動かされていた彼らは大厄震以後どうなったのか?


 結論から言えば、生きていた。

 プレイヤーたちと同じように呼吸をして家に住み、食事を摂って夜には寝るようになった。


 彼らの変化はすぐに多くのプレイヤーたちから確認されたが、多くが気にしたのは彼らがAIのままなのか否かだ。

 元々ゲームの中でNPCは簡易的なAIで動き、決まった問答を繰り返すようにできている。

 大厄震以前では何度話しかけようと似たような反応しか返ってこなかった。ある程度の話題の幅は持たされているとはいえ、彼らは感情のないプログラムでしかなかった。

 だが、単純な反応しか示さなかったNPCたちは同じ台詞は繰り返さなくなり、言葉の端々に多くの変化が現れるようになった。


 とはいえ、専門家のいないプレイヤーたちでは、疑似的模倣的なチューリング・テストをやったとしても人工知能と人間の実在知能を明確に区別することは難しい。

 というより、元々NPCだった者たちを自分たちと同質な存在だと認めるにはまだ抵抗があった。


「世界と同じように、NPCだった彼らも大きく変化したんだ。ヒメリは大厄震の後でいつも通りにNPCに話しかけたら想定外の返しをされたことはないか?」


 ヒメリはぶんぶんと風を切るほどに大きく何度も頷く。


「あるある! あります! スピカちゃんの言う通り、なんかみんな雰囲気がいつもと違ってて、なんていうか、その……」

「人間臭くなっていた?」


 言いにくそうなのを悟って後を継ぐスピカに、ヒメリは苦笑いした。


「そうです。そんな言葉を使っていいのかわからないですけど」

「気にすることはない。ヒメリに限らず、いまだ違和感を抱いている人は多いからな。私だって話すときはまだ心構えが必要だ」


 ベテランプレイヤーですらその認識を変えるのには労力が必要だった。

 NPCたちを人間だと定義付けるためには、さらに検証が必要だ。確証を得るため、一部のプレイヤーたちがアプローチを試みた。


 とある町娘から受けるクエストがある。

 数日後に自分の誕生日を迎えるから、盛大に祝いたい。誕生日会場を盛り上げるために、虹色に光る怪鳥の尾羽で飾りたいから取ってきてほしいという内容だ。

 プレイヤーはクエスト用に配置された特殊モンスターを退治して戦利品として得た尾羽を彼女に渡して報酬を貰う。


 ゲーム内イベントであるがゆえに、彼女は決して誕生日を迎えることはない。次に来る新しいプレイヤーのために同じアイテムを要求し続ける。いわゆるプレイヤーのためのお小遣い稼ぎ用のおつかいミニクエストだ。

 彼女は組んだ両手を胸に抱き、自分が主役になる誕生会が来る日を心待ちにしていた。

 しかしその期待が叶えられることはないはずだった。クエスト終了後のシナリオは彼女には与えられていなかった。報酬をプレイヤーに渡せば彼女の役割は完全に終了する。

 クエストを完了した後も、彼女は「あなたのおかげで誕生日会が楽しみよ!」と同じ台詞を繰り返すだけだった。

 しかし、あるプレイヤーが調査をするために訪ねた際、彼女はこんなことを言い始めたのだ。


『よく知っているわね? とっても楽しいお誕生会だったの! たくさんの人にお祝いしてもらえたわ! でも不思議なのよね。虹色の尾羽を誰かに持ってきてもらった気がするのだけど、その人の顔がどうしても思い出せないの。なんでかしら?』


 多くのプレイヤーが彼女のクエストを受けアイテムを渡したが、今ではその記憶は曖昧になり、記憶の補完が行われている。

 永遠に来ないはずの誕生日を迎え、彼女は一つ歳を重ねていた。

 プログラムされただけのはずの彼女の挙動は、新しい表現を獲得していたのだ。


「わたし、最初に元NPCの人に話しかけたとき、びっくりしちゃったんですよね。その人のクエストやったことがあったのに、『え……誰おまえ?』って引かれちゃいまして。昔はあんなに感謝してくれたのにい! ってひとりでショック受けてました」

「彼らの記憶の中では、クエストで起きた出来事は一回分しかカウントされていないようだからな。数万人を超えるかもしれないクエストクリア者の顔は、モザイクのように統合されて身に覚えのない人物として捉えられてしまっている」


 もちろん、変化を起こしたのは彼女だけではない。


 腹を鳴らして彷徨っていたらパンを分けてくれたNPCがいた。

 自棄になって危険な地域へ飛び込もうとしたら引き留めてくれたNPCがいた。

 帰れなくなって泣き崩れていたところを慰めてくれたNPCがいた。


 NPCの本質はだ。

 本来はプレイヤーたちがアクションを起こさない限り彼らは行動を起こさない。しかし、大厄震以後にプレイヤーが触れた彼らの行動はその真逆だった。


 応答の複雑化。

 記憶の整合化。

 そして言動の能動化。


 ここまで条件が揃えばNPCをただのAIだと言い切ることは難しくなっていた。


 「AIだって学習して成長する」と抵抗する者はまだいたが、そのあまりにも人間臭い反応に、大半のプレイヤーたちはNPCたちに「元」とつけることを躊躇わなくなり、彼らが今では生きているという話はあっという間に広まった。


 だが完全に共生しているわけではない。距離感はまだ離れている。

 設定上王国だった国には国王や王子や姫がいて、彼らは自分たちを設定上の人物そのものだと信じ込んでいる。

 「信じ込んでいる」という印象は、プレイヤーたちが元NPCたちの人間に未だ抱く距離感の遠さを示している。

 大厄震という異変を経験してなお、ファンタジー世界の自覚・認識・常識で生きる人間たち。


 歴史は虚構であり、どんなに威厳のある地位もまた与えられたものに過ぎない。

 ロールプレイ=お遊び、という印象を抱くプレイヤーは少なくなかった。自分たちがログアウトできず混乱しているのに、彼らは呑気に今までの生活を続けている。そんな苛立ちを隠さず、中にはあけすけに元NPCたちを馬鹿にした言動する者たちもいる。


「わたしもまだちょっと慣れないんですけど、元NPCの人たちの話って、本当にこの世界に根付いているみたいで、話しているとどんどん自分が現実の世界から遠ざかっていくような錯覚をしちゃうんですよね」


 ヒメリが苦笑いしながら言うと、スピカは共感するように頷いた。


「否定もしづらいからな。そのくせこっちが現実の話をすると怪訝な顔をされてしまう。話を合わせるのが嫌で距離を置く人は少なくない。私はアドミニスタの仕事上、すっかりロールプレイをする習慣が身についてしまった」


 スピカもそんな冗談を言いつつ、笑んでその苦労を垣間見せる。

 アドミニスタリーグでは秩序を守るために、プレイヤーによる元NPCの一般人への不当な扱いを監視することも仕事の一つになっている。

 他方で、彼ら元NPCたちは実際に統率された軍隊を擁し、個人の範囲を超えた資産や権力を持っていた。


 いかに高位プレイヤーであったとしても、容易にその組織力を崩すことは不可能だった。

 故に、そういった強い権力が存在する場所に常駐するアドミニスタリーグは、国王や首長の許可を求めることから始まったという。ある王国では、国王に仕える騎士階級という体でリーグを維持しているのだとか。


 いわゆる初期街ではそういった権力が弱いためプレイヤーたちが比較的自由に行動できる。アリスなどの一部の有名プレイヤーが滞在しているのは、プレイヤーたちとの情報共有や問題解決に対して統率が取りやすいためだ。


 この世界は今、現実と非現実の狭間にある。

 あるいはその二つが互いに歩み寄り、合体しようとしている真っ只中なのかもしれない。


 スピカは脱線したと感じたようだ。話をアイテムのことに戻した。

「スティグマクラスなら個人所有が可能なものだし、ワールドオンリーほど動向が注視されることもない。使っても国勢まで変わることもないし、あくまで個人装備の延長線上にあるものだ。とはいえ、入手が困難であることに変わりはないが」

「じゃあすごく珍しいアイテムって言ってたのは、そっちのアイテムである可能性がありそうですね」

「ああ。だがレアリティが落ちる分種類が多い。例えばもしそれが攻撃アイテムだったり、防護壁を張るものであれば対処も考えられるが、それがわからない以上、対策の打ちようがないな。他に何かそのアイテムについて話したことはなかったか?」


 うーん、とヒメリは顎に手を当てて当時の記憶を掘り起こす。


「あ、そうそう。渋ってたらその人がどんどん話し続けてきて。わたしはそのときにはもううんざりしてたんですけど」

「話してくれ」

「こうも言っていました。そのアイテムを取ったときに、あまりに強いモンスターがいたから、リーグが全滅しかけたそうです。えっと、確か〈ぶらすきゅら?〉っていう名前の。でも、その人の機転で切り抜けたとか」

「機転?」


「ええ。なんでもそのとき仲間が一人、モンスターに押し潰されそうになったそうです。その人は咄嗟に飛び出してモンスターの頭に剣を突き立てて、それで間一髪仲間は助かって、モンスターは逃げ出したそうなんですけど、その人はそれから二日間、飲まず食わずでモンスターが力尽きるまでそこにしがみついていたそうです。それでようやく倒すことができたんだって」


 スピカは静かにヒメリの話を聞いていたが、とても信じていないといった顔だ。


「話だけなら確かに凄まじいな。にわかには信じられない話だ。そこまでのことをしているなら、他のプレイヤーも名前を知っているくらい有名になっていそうなものだが」

「ですよね。なんだかその活躍っぷりも胡散臭くて、『俺のおかげでリーグはランキングにも載ったんだぜぇ』なんてすごい自慢されましたけど、凄さがわからなかったので適当に断って逃げて正解でした」


 その話が本当なら、その男はリアルでも二日間も空腹と乾きに耐えていたことになる。いくらなんでも話を盛りすぎて嘘くさい。

 結局手がかりらしい手がかりはなく、話が一段落したときだった。


 ずっと正座のままだったクロノが、何かを訴えかけるように見上げてきたことにヒメリは気づいた。

 その顔からは普段のおちゃらけた様子が完全に拭われ、冷や汗すら垂らし、赤い双眸が見開かれていた。


「なぁ、そのレアアイテムってもしかして――」





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