MMOで装備自慢してくる人は概して仲良くなりにくい


「そいつはいわゆる初心者狩り、特にゲーム情報に疎いカジュアルプレイヤーの所有物を狙って悪質なやり口で私腹を肥やしている。大厄震以後、初心者だったプレイヤーも生きるために必死にクエストや狩猟をして貯蓄を増やそうと頑張っているのに、それを根こそぎ奪っていく。被害者を誘い込み、ときに脅し、言葉巧みにリーグ用インベントリに所持品や金銭を預けさせた後、了解も得ずに一方的に追放キツクして姿を消すそうだ」


 話を聞いて、ヒメリは悲しくなった。

 ヒメリとてこの二ヶ月間、ぎりぎりの生活だったのだ。弱いなりに工夫して、食いつないできた。特にレベルの低いプレイヤーは、そうやって歯を食い縛って生きていくしかない。


「ひどいことをする人がいるんですね。大厄震で困ってる中で、みんな一生懸命生きようとしているのに……」

「全くだ。被害者はアドミニスタで保護しているものの、すっかり怯えてしまっている。一度リーグに恐怖心を植え付けられたら、払拭するのは難しい。リーグ単位での活動を求められるこの世界では、致命傷になりかねない」


 初心者だったプレイヤーたちが手に入れられるアイテムの価値はたかがしれているとはいえ、塵も積もれば山となるし、なにより被害者の今後の生きる道を狭められる悪行だ。


「犯人の手がかりは何か掴んでいるんですか?」

「その犯罪に加担しているのは、リーダーを中心に手下と思しき四、五人程度。リーダーの名前は不明。だが被害者の一人がリーダーの姿を一度だけ目撃したらしい。なんでも、両耳にいくつもピアスをつけた白髪の若い細身の男で、首に蝶の入れ墨をしていたそうだ」

「ふんふん……ん?」


 スピカが挙げる男の特徴に、ふとヒメリは引っかかりを感じた。


「その際に被害者の女性はリーダーの男から『俺のところのこいよぉ。いい暮らしをさせてやるぜぇ』となんとも陰気な誘い文句で手招きしてきたため拒絶すると、『おっとぉ、いいのかなぁ。俺はこの街の影の支配者なんだぜぇ』といかにも中二病のように脅しをかけてきたそうだ」

「ふんんん!?」


 奇声を上げたのはスピカの出来の悪いモノマネに、ではなかった。


「全く雲を掴むような話だ。いくらわたしが斥候ようなものとはいえ、それだけの情報で正体のわからない犯人を調べろなどと……どうした、ヒメリ? 口をぱくぱくさせて」

「あのぉ、そのリーグって、もしかして……」


 ヒメリが躊躇いがちに片手を上げると、スピカはその碧眼をまん丸にして驚いていた。


「まさか、知っているのか?」

「スピカちゃんが探している相手かどうかは確かじゃないですけど……似た格好の人から同じことを言われたことが」

「構わない。今は情報ならなんでも欲しい状況なんだ」


 そういうことなら、とヒメリは彼女に自分がウェスナにいた頃の話を始めるべく、一呼吸置いてから、厳かに口を開いた。


「わかりました。――実はわたし、大厄震の後、一度だけリーグに勧誘されたことがあるんです」

「はい嘘松~」

「うふふ」

「あっ、ちょっと待ってめり子、杖の先で膝の上のツボ押さえないで正座にこれは辛い。無くなる。足の感覚が無くなっていくからあ!」


 余計な茶々を入れてきた報復に悶えるクロノを、スピカすらもが無視して話が続いた。


「そいつに勧誘を受けたということか。名前はわかるか?」


 聞かれて、ヒメリは「それが……」と言葉を濁す。


「わたしまだ使い方に慣れていなくて、その人をオーグアイで見返すのを忘れてしまったんです。会話の中で、その人が話の中で自分のことをカリストと言ってたのは覚えてるんですけど」


 決定的ではない情報に多少なりともスピカは落胆したようだった。


「そうか……。それでヒメリはその男からの勧誘をどうしたんだ?」

「すごいアイテムがあるから是非うちのリーグに来ないかって誘われたんですけど、なんか雰囲気が怪しかったので逃げちゃいました」


 答えると、スピカは小首を傾げる。


「すごいアイテム? どんなものなんだ?」

「なんか、すごい珍しくて、限られた人しか持てないものだって」

「うーん、それだけでは特定できないな」


 困ったように眉を寄せるスピカ。

 リーグの勧誘の際に、所有しているレアアイテムや金銭などを明かして魅力的に見せるのはよくある手法だ。誘われた側はそのリーグが持つ実力をそれで測ることもでき、所属する際の安心材料の一つにする。


 特に初心者はリーグのサポート体制を気にかけることが多いため、勧誘側も自分たちが持っている資産を一部明かし、うちのリーグに入ればこれだけのことができるようになると勧誘文句に説得力を持たせようとしてくる。

 ヒメリは人差し指を立てて推論する。


「『凄いんだぜぇ』って何回も言ってたので、ウルスラインで一番珍しいものなのかも」


 言うと、スピカは「いや、それはないな」と即答した。


「ウルスラインではアイテムのレアリティランクがいくつかあるが、一番珍しく入手困難とされるものに、ワールドオンリーと呼ばれるものがある。本当に唯一つしかなくて、リーグ単位でしか所有できない伝説級のものだ」


 ワールドオンリーは十二種類あるとされているが、それぞれがいずこかのリーグに所有された時点でリーグ名が世界中に知れ渡る上、使用される度に全プレイヤーに場所と時間が報せられるという徹底ぶりの弩弓レアアイテムだ。

 スピカの説明を受けて、ヒメリは感心する。


「へー、知りませんでした。もしかして、それを持っているってことだったんでしょうか?」


 スピカはかぶりを振る。


「そんなものを持っているリーグが、こそこそと詐欺を働いているとは考えにくいな。大厄震以前は持っているだけでネットでリーグ全員の名前がわかってしまっていたほどだし、今となってアドミニスタに睨まれることは避けるだろう」

「たしかに……」

「それに準ずるものとして考えられるのは、〈ローエングリンの秘匿武具〉と正式名がついているアイテム群だ。全てに武具制作者である天才魔具鍛冶師シオラ・ローエングリンの刻印が刻まれていることから、俗にスティグマクラスと呼ばれている。彼女が所在不明になって以来、世界中に散らばったその武具を手に入れるというのが、コンクエストリーグの一つの目的だったんだ」

「うぅ、誰だかわからない……」


 有名人らしい人物の名前が当然のように出てきて、ヒメリはついていけずに口をもごもごする。

 それを見てスピカは「しまった」という顔をして慌てて弁解した。


「すまない。うっかりネタバレをしてしまった。ローエングリンはシナリオ上に出てくるNPCの一人なんだ。……ああ、これも言ってはダメか」

「あはは、気にしないでください。わたしはシナリオを進められるほど強くなかったですし」


 非現実が現実化したこの世界で、この期に及んでそんな気遣いをしてくれるスピカが可愛らしくてヒメリは苦笑する。


「大厄震後では進めるシナリオなんてないですしね。その人は今も行方不明なんですか?」


 当然のように訊ねたヒメリに、スピカは自然に首肯する。


「ああ。一部のコンクエストリーグが探しだそうとしているなんて話も聞いたが、果たして見つかるのかどうか。彼女に限らず、所在がわからなくなっている人は多いからな」

「みんな大変らしいですよね。プレイヤー以外の人も」

「そうだな。うちの団長も元NPCの人たちをどうするかを常々悩んでいるようだ」


 NPC。ノンプレイヤーキャラクター。

 道具屋や宿泊所の受付、シナリオを導く重要人物、あらゆる場面で登場する役割ロールを与えられた簡易AIの人物たちだ。


「元NPCの人たち……。やっぱりみんな変わってしまったんですね」


 ヒメリは、ほぅ、と切なげに溜息をつく。

 NPCたちの変化。それもまた、ヒメリが身近で感じているこの世界の異変の一つだった。





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