あだなで呼びましょう
三人でパーティを組んで、ヒメリの魔法特訓を兼ねてクエストをやることにした。
アリスに頼んで簡単な素材収集のクエストを受けて、お金を稼ぎながらヒメリの戦闘経験を積もう、という目論見だ。三人ならその方が無駄がないとクロノの提案だ。
ギルドリーグのお仕事募集掲示板を前に、クロノがヒメリに呼びかける。
「おい、めり子。クエスト受けるの初めてなんだろ。丁度いいから自分で申し込んでみろ」
「あっ、はい!」
「…………」
「あ、めり子。申請書の名前欄のとこに全員の名前書いといてくれ。代筆で構わないから」
「わ、わかりました!」
「…………」
「んじゃあ行くか。そうだ、めり子。今日の飯はクエスト報酬でお前の奢りな」
「えええーーっ! 終わったらさっき見つけた雑貨買おうと思ってたのに!」
「…………」
「あ、俺ちょっと道具整理してから便所行ってくるから少し待っててくれ。十分後くらいにまたここに集合な。めり子も準備しとけよ」
「あいあいさー」
「…………」
クエスト申請も終わりいざ出発となったとき。
勝手知ったるクロノは集合場所を指定して一人でどこかに去って行ってしまい、その場にはヒメリとスピカの二人が取り残された。
往来の多い広場の端っこで、少女二人が彼の帰りを待っている間、
「いいな、ヒメリは」
ぼそりと、隣にいたスピカが、ふう、と色気のある溜息と共にそう零してきた。
「スピカちゃん? どうかしましたか?」
「わたしもソウタから渾名で呼ばれたい」
「あだな……?」
「めり子って呼ばれてるの羨ましい」
「わたしは不本意なんですけど」
「ずるい」
「ずるくないです」
「というわけで、ソウタが『わたしを渾名で呼んでくれる作戦』を考えてきた」
「展開早すぎませんか」
「略して『わたあだよん作戦』だ」
「多分ですけど略さない方がいいと思う系です」
にやりと笑ってどや顔のスピカには、ヒメリの声は届いていないらしかった。
出会ったときのロキコンの即座のでっちあげといい、彼女は結構頭の回転が速いのかもしれない。内容はともかくとして。
「というか大体渾名って、関係が馴染んできてから自然にできるものじゃないですか?」
「大丈夫だ。抜かりない。渾名はちゃんと考えてある」
「渾名って自分で考えるものなんですかね」
猪娘のスピカに反論しても無駄だろうが、一応訊いておくことにした。
「ちなみにどんな渾名なんですか?」
「スピ子だ」
「スピ子…………」
頭は良くてもセンスはあんまりなさそうだが。
「ん? 変か? なら第二候補のスピ江にするか」
「あ、いえ、スピ子でいいです」
言うとスピカは「だろう?」と得意気になった。
「ふふ、子がつくならヒメリと同じでソウタもきっと呼びやすいだろう。そーゆー狙いがちゃんとあるのだ」
「そっ、そうですか」
「作戦の内容はこうだ。まずヒメリがわたしの渾名をソウタの前で呼ぶ。ヒメリが渾名で呼んでいたら、ソウタも同じように呼びやすくなるはずだ。そうすればソウタの中でその呼び方が定着して、晴れてわたしはソウタから自然に渾名で呼ばれるようになるというわけだ」
そう言って腰に手を当ててどや顔のスピカ。
呼ばれるようになったとして、渾名はそれでいいんですか?
という疑問は、歯を食いしばって作った笑顔でもみ消した。
「わ、わかりました」
「よし。ヒメリがわたしの渾名をソウタの前で呼んで、ソウタがわたしを渾名で呼びやすくなるように馴染ませる『わたあだよん作戦』の開始だ!」
「お、おー」
スピカにつられて拳を上げるヒメリだった。
わたあだよん作戦、開始!
「ス、スピ子、今日はいいお天気ですね」
「ああ、そうだな!(チラ)」
「スピ子は元気いっぱいですね」
「ああ、もちろんだ!(チラ)」
クエスト開始場所に向かう道中の草原で、ヒメリは指示された通りにスピカに呼びかける。
その度に、スピカはちらっちらとクロノを見て反応を窺っていた。
「スピ子ちゃん。あそこにモンスターがいます。気をつけて!」
「ああ、任せろ!(チラチラ)」
そんなことを繰り返していたら、視線を感じたらしいクロノがとうとう足を止めて声をかけてきたのだった。
「なんだ? さっきからそのスピ子って」
「な、なんだ!? ソウタ、わたしを呼んだか!?」
喜色満面で勢いよく振り返るスピカにヒメリは内心で焦る。
(ばかっ、スピカちゃん、反応するのが早いっ)
彼はまだ疑問を抱いている段階だ。呼び方が馴染むというよりも、ヒメリの呼びかけが奇妙に感じているだけだろう。
ここで期待満杯でクロノに迫れば、彼に不信感を抱かせるだけだ。
自然を装う必要がまだあるのに、彼女は目を輝かせて彼の返答を待ってしまっている。これでは彼がスピカの渾名を呼ぶには不自然すぎる流れになってしまう。
案の定クロノは特に用事もなかったらしく、
「え、いや、別に……」
一歩引いて、怪訝そうに顔を顰めながらスピカの迫る勢いに後ずさっている。
「あーあ……」
ヒメリは後方で一人溜息。
はやすぎたのだ。クロノに其の名を馴染ませるには。
「なんか知らんが、遊ぶのもいいけどちゃんと心構えもしとけよ。もうすぐ目的のモンスターの巣があるクエストの開始場所だからな」
と言って彼は呆れ顔でまた足を踏み出し進み始めてしまった。
「くぅ、失敗か」
「まあ、いきなりすぎましたもんね」
握りこぶしを作って悔しがるスピカに、ヒメリも表面上は残念そうに同調するが、内心は失敗したことへの安心感でほっとしていた。これで彼女も早々に諦めてくれればいいのだが。
「よし。これに懲りずに、今日はずっとこの調子で頼む」
「……………………え?」
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