がんばるヒメリ


「スピ子!」

「スピ子ちゃん!」

「スピ子おぉぉぉ!」


 モンスターを倒し素材を集めながら、ヒメリは何かとスピカに呼びかける。

 受けたクエストの内容はトカゲ型モンスター、ボールファットリザードの肉と皮の収集だ。

 その巣はラトオリから徒歩で一時間ほど先にある丘の向こう側、岩稜帯に密集している。


 太っていて脂が多いボールファットリザードは、大厄震以降は食料としての需要も増え、こうして定期的に素材収集のクエストが募集されるほどポピュラーなモンスターだ。

 ばらつきはあるものの、ボールファットリザードのレベルは十二前後。ヒメリには強敵でも、ベテランの二人からすれば物足りない戦闘ではあるだろう。

 高レベルの盾役タンクであるスピカに、この周辺のモンスターではレベル格差が大きすぎるのだ。攻撃に特化していない彼女の一撃ですら致命傷になるほどに敵は弱い。


 彼女は攻撃もせずただボールファットリザードの転がるような突進攻撃を受け続ける。

 スピカの戦闘スタイルは盾役だが、彼女は盾を持たない。彼女のクラスであるカヴァレリストは光の粒子を密集させて中空に防護壁を張ることでモンスターからの攻撃を防ぐ。

 とはいえ、光の盾は衝撃を全て打ち消すことはできず、わずかにスピカ自身にダメージが届く。しかしそれもスピカのHPの数万分の一程度。

 時折わざと生身に突進を喰らってスピカはダメージを徐々に蓄積させていくが、直撃ですら身じろぎも起こさない。


「よし、そろそろいいぞ。ヒメリ」

「はい! スピ子!」


 タイミングを見計らって、スピカに回復魔法を五連発でかける。他者を回復する反復練習と、自分の回復魔法が相手が負うダメージ速度よりも下回らないようにする練習だ。

 そしてそれが一巡してから、ヒメリは杖で殴りかかる。そこからはアタッカーとしての役割がメインであるクロノの監修になる。


「闇雲に殴るんじゃなああい! めり子は自分の杖がなんのためにあるのか一度でも考えたことがあるのか!?」

「え……ふつーに回復魔法のためですけど」

「ちっがああああう! 魔法使いの杖ってのはな! 特に治療師の杖ってのはな! ただ魔法の触媒に使うだけが目的じゃないんだ! ときに魔法で優しく! ときに殴打で激しく!」

「そんなこと言われても、慣れてないから身体がうまく動かなくて……システム補助にうまく身体が乗らないというか」

「システムの補助ばかりに頼るな! 治療師は攻撃しないなんて常識に逃げるな! 魔法使いは魔法を使っていない間は杖を持ったゴリラになるんだ!」

「意味わかんないんだけど!」 


 どうやら戦闘初心者のヒメリを指導すると意気込んで教官になりきっているようだ。

 半端なくいらっとしながら、ヒメリは必死に攻撃スキル使用にも慣れようと、初期の杖攻撃スキルである『スマッシュ』を繰り返し撃ち続ける。


「ぷぎゅううぅぅ~~」


 そうしていくうちに、ボールファットリザードが呻き声を上げてよろけた。

 どうやら弱点っぽいところに当たったらしい。元が弱いためたいしたダメージにはなっていないのだが、技としてはうまく決まったと言っていいのではないだろうか。


「良い感じになってきたぞ、ヒメリ。その調子だ!」

「ありがとう。スピ子ちゃん!」


 褒められて伸びるタイプと自覚しているヒメリは嬉しくなって笑みが溢れる。しかしそんな戦闘訓練に夢中になっていても、スピカの渾名を呼ぶことは忘れないようにした。


「よし、俺の出番だな」


 ヒメリの攻撃だけではボールファットリザードを一匹倒すのに延々と時間がかかってしまう。そのため、ある程度攻撃の練習をしたらクロノが一気に倒して次にいく、という進行だ。

 クロノは身体を慣らすようにその場で軽くステップを踏む。少し距離を取って、スピカに転がり突進を繰り返しているボールファットリザードの真横から跳躍。


 まさに瞬きの瞬間。クロノは敵の真上を身体を捻りながら跳び、両手のダガーで動き続けるモンスターの首筋を精確に刺突。

 クロノが反対側に着地するころには、ボールファットリザードは呻き声も残さずゴロンと転がり絶命する。 


「ふははは。見たか。こいつらは首の後ろに弱点があってそこをつくと大ダメージが期待できるんだ。完・璧・だ!」


 と見せつけてくるが、彼のレベルなら弱点を突かなくても一撃で倒せることはヒメリはもう承知済みだ。

 要は雑魚敵を不必要なほど格好つけて倒してイキってるのだが、ヒメリから見れば素直に凄いと思える身体捌きだ。


「ふわぁ、レベルが高いとあんな動きができるんですね」

「弱点を突くのは合理的な理由もあるんだ。モンスターには部位破壊の判定があって、無駄なく素材を獲りたいなら素材部分が傷つきにくい弱点を狙って倒す方がいい」

「そういえば、クロノさんがビヨンドを狩ってたとき一撃でさっさと倒さなかったのは、そんな理由があったんですね」

「だが、コツがあってわたしはちょっと苦手でな。こういうのはソウタに任せるにかぎる」

「へぇ~、スピカ……子ちゃんでも苦手なことがあるんですね」


 普通にスピカと呼びかけそうになったところを力技で戻して、「ソウタには叶わないことばっかりさ」とやたらとクロノ上げする彼女に誤魔化すように笑っておく。

 ここで一度でも彼の前でちゃんと呼んでしまったら元の木阿弥だ。クロノはヒメリがあえてスピカの渾名を呼んでいることも「気のせいか」と思い余計に関心を持たなくなるだろう。


「しゅ、集中……っ!」


 二人が素材回収している横で、ヒメリは気が抜けて作戦を忘れないように、自分の頬をパシンと叩く。思考の半分はそれだけのために割いているほどだ。

 近くに次の得物を見つけて、ヒメリは呼びかける。


「スピ子ちゃん、次いきますよ!」

「ああ!(チラ)」


 とまあこれだけ努力して絶えずスピカの渾名を口に出しているのに、当のクロノはそこにはひたすら無反応のままだった。





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