第3話 砂漠の王の従者見習い 3
そんなことがあって三日後に、またトニーとクロがやって来た。
「ミラン様がお呼びです」
トニーがネスにそう言うのを聞いた。
「僕も行っていい、ですか?」
ネスが行くなら僕も行く。
そう言ったら、チラッと僕を見たトニーが頷いた。
「ミーアを連れて帰らないといけないから、サイモンが一緒に来てくれると楽だな」
「え?」と顔を見上げるとトニーはニヤッと笑った。
ミーアがこの町に住む話はミラン様や両親とも話をしなきゃいけないので保留中だ。
とにかく、サーヴの町へ行くには夕食を早めに取って暗くなる前に出発しなきゃいけない。
そう思って準備しようとしていたら、
「あー、転移魔法で行くから出発は明日の朝だぞ」
ってネスに言われた。
あー、そうだった。
忘れてたけど、ネスはすっごい魔術師だったんだっけ。
翌朝、ネスと僕とミーア、アラシ、クロ、そしてトニーが塔に集まる。
魔法を発動する前、魔法陣の外でリーア様とティア様が手を振っていたけど全然寂しそうじゃなかったな。
笑顔で手を振る愛娘に何故かネスのほうが寂しそうに微笑んでた。
「やっぱ子供ってさ、母親のほうが好きなんだなあ」
ボソッとそんなこと言うから、
「えー、僕はそんなことない、ですけど」
って言ったら、ネスが哀れんだ目で僕を見てくる。
「お、お前は男の子だからだよ、きっと」
目を逸らしてそんなこと言われてもさー。
「それじゃ、行くぞ」
ネスが魔法の杖を取り出し地面をトンッと突く。
大きな魔法陣が足元に浮かび上がり、目の前が暗くなった。
あっという間にサーヴの町に到着。
目を開くと僕の家のすぐ前だった。
ネスは転移魔法の目印を、この町にあるネスの借家の裏口にしてる。
それが僕の家の目の前なんだ。
「サイモンっ」
家からお母さんが出て来て、僕はぎゅっと抱きしめられた。
そういえば、一年ほど会ってなかった。
お父さんは用事があると砂漠の町に来てくれるけど、お母さんは滅多に来ないから。
「帰るのは明後日になる。 ゆっくり親孝行しておいで」
「えー」
ネスに見放され、僕はお母さんに手を引かれて久しぶりに家へ入る。
ミーアとネスが何か話しながら地主屋敷に向かって行くのが窓から見えた。
何か言いたそうにミーアが振り返る。
目が合った気がしたので、小さくニコッと笑って手を振っておいた。
見えたかどうかは分からないけど。
「かわいいわよねえ、ミーアちゃんは」
お母さんがお茶を淹れながら言った。
「それに今は地主さんの娘、良家のお嬢さんということだし」
僕はお母さんが何が言いたいのか分からないので首を傾げる。
「あれ?、お父さんは」
今、家にはお母さんしかいないことに気付いて訊いてみる。
「ねえ、サイモンのお嫁さんにどうかしら」
「は?」
突然のことに僕はポカンと口を開いた。
そしてじわりと腹が立ち始める。
「お母さん、それはミーアたちに失礼だと思うよ」
ミーアのお母さんのサーシャさんは同族だという理由だけで結婚相手を決められた。
その生活に耐え切れなくなって、死を覚悟してまで村を逃げ出したのだ。
そんな女性の娘にまで勝手に結婚相手を決めるのは、嫌なことを思い出させるだけだと思う。
しかも僕のお父さんは砂族の中でも高貴な血と言われる家系。
下手をするとその決定には逆らえないと言い出しかねない。
「ご、ごめんなさい。 軽はずみなことを言って」
僕が本気で怒ったのを感じたお母さんは謝り出した。
「お父さんはどこ?」
冷たい声で言うと、地主屋敷で執事の仕事中だと教えてくれた。
僕はそのまま黙って家を出る。
噴水広場を横切ろうとすると顔見知りが手を振っているのが見えた。
「やあ、サイモン」
「久しぶりだね」
彼は浮浪児仲間のひとりで、今は広場の入り口にあるパン屋で働いている。
「あ、あのさ、ちょっと話があるんだけど、しばらくはこっちにいる?」
確か砂漠の町に戻るのは明後日だ。
「それじゃ、今夜、夕食が済んだらリタリの斡旋所で待ってるよ」
浮浪児の頃、僕の面倒を見てくれていたリタリはトニーと結婚して、今は斡旋所の受付をしている。
そこが元浮浪児たちの溜まり場になっていた。
「うん、分かった」
彼とは手を振って別れ、僕は地主屋敷に向かう。
さすがに正面から入る勇気がなくて裏口のある中庭に回わった。
地主屋敷は三棟あって、真ん中に井戸付きの中庭がある。
人影に気付いてサーシャさんが出て来た。
「サイモン様、お久しぶりです。 ミーアがお世話になりました」
砂族のサーシャさんにとって僕のお父さんは王様みたいに特別な人らしい。
息子の僕まで様付けで呼ばれる。
「いえ、こちらのほうこそ手伝ってもらって助かってます」
お互いにお礼を言ってたらミラン様が出て来た。
「なにやってるんだ、サーシャ。
そんなに動き回わって、急に産気づいたらどうするんだ」
サーシャさんは、もういつ産まれてもおかしくないくらいお腹がパンパンだ。
ミラン様がそっと手を引いて家の中に入れた。
「サイモン、お父さんに用事か?」
ミラン様の言葉に僕が「はい」と答えると、
「もう少ししたら帰るから家で待っていろ」
と言われて頷いた。
背を向けて帰ろうとすると、また「ちょっと」と声を掛けられた。
「あ、あのな、サイモン、今夜少し時間あるか?。
すまないが、網元の屋敷裏の酒場に来てくれ。 夕食が終わってからでいい」
僕はさっきの友達との約束を思い出してちょっと迷ったけど、
「分かりました」
と返事をした。
ミラン様のほうは断れない。
友達には早めに会って話だけ聞こうと思う。
久しぶりの自宅での夕食は少しぎこちなかった。
ミーアのことで僕の機嫌が悪かったからね。
「ごちそうさま」
僕は手を合わせる。
これは砂漠の国の作法みたいなものだから、お父さんもお母さんも不思議そうに見てた。
それに構わず、僕は立ち上がって出掛ける用意をする。
「ミラン様に呼ばれてるんだ。 ちょっと遅くなると思うから先に寝ていいよ」
「あ、あら、そうなの」
お母さんは不満そうだけど、相手が地主のミラン様では文句も言えない。
噴水広場の海側出入口にある網元の屋敷は、ミラン様の屋敷の次に大きい。
従業員の部屋もある二階建ての家と魚を加工する作業場の二棟。
その横にある小路を挟んでトニー夫婦がお父さんと住んでいる二階屋があって、一階は斡旋所になっていた。
小路の奥にはミラン様と待ち合わせしている宿兼用の酒場。
お年寄りのご夫婦がやってたけど、あんまり人が来ないから一時は廃業するつもりだった。
だけど、最近はちゃんと営業してる。
町の外から来る客が増えたし、ミラン様が元浮浪児仲間を雇って手伝わせているからね。
しかし、ミラン様。
酒場で待ち合わせって、僕がまだ成人前だって忘れてない?。
まあいいや。
この国ではお酒を飲むこと自体に年齢制限はない。
「こんばんは」
仕事斡旋所は一応夜中でも開いている。
緊急の配達なんかに対応するため、窓口だけはやってるんだ。
「ん、サイモンか」
夜の受付には、元兵隊長で今は町の自警団長をしているトニーのお父さんがいる。
奥のテーブルに友達がいたので、おじさんに軽く挨拶して移動した。
「あれ?」
何故か友達の隣にはネスもいた。
「やあ、サイモンも呼ばれたのか」
僕は頷いてネスの隣に座る。
おじさんがゴツい身体に似合わない美味しいお茶を入れてくれた。
「んで、何があった?」
ネスはなぜかニヤニヤしながら訊いている。
あのさー、国王なんだからもっと威厳みたいなものを出そうよ。
僕の友達はしばらくは「あー」とか「うー」とか言ってたけど、お茶が冷めてしまった頃にようやく話し始めた。
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