第2話 砂漠の王の従者見習い 2


 書類の整理が終わるとトニーはクロを連れて、すぐにサーヴの町へと戻って行った。


もちろん、ちゃんと休憩と食事の時間は取っていたけど、トニーは結婚したばかりだからね。


「リタリによろしく」


「おうっ」


だらしない顔で帰って行ったよ。


「あれ?、ミーアは帰らないの?」


何故か一緒に帰るはずだった地主の娘が残っていた。


「うん。 しばらくこっちにいる」


「そっか」


確か地主のミラン様のところも、もうすぐ子供が産まれるんだっけ。


義理の娘としては少々複雑なのかな。




 トニーたちを町の外まで見送って家に戻るとティア様が起き出していた。


「ねしゅはー?」


黒髪のネスは娘に『お父さん』とは呼ばせない方針らしい。


逆に金髪の国王の時は『父上』なんて呼ばせて、顔を赤くしているのを見ることがある。


なんか、二つも人格があると大変そうだ。


「まだ戻っておられてませんよ」


そう言いながら僕はティア様を抱き上げる。


ティア様がふぇっと泣き出しそうになったが、ミーアがお菓子を持って来てくれたのでそっちに意識がいった。


「ありがとう」


ミーアにお礼を言うと、彼女はにっこり微笑んだ。


「しばらくの間、お世話になるから」


僕の仕事を手伝ってくれるらしい。


「そうか。 じゃ、ついでに魔法の練習もしようか」


砂族は砂を扱う魔法だけが使える。


ここは砂漠の真ん中だからサーヴの町中より練習し易いだろう。


「うんっ」


僕とミーアはティア様を連れて地上の広場へ出て、魔法の練習をすることにした。




 夕方になってネス国王だけが戻って来た。


「ティーアー」


黒髪のネスはティア様を抱き上げて、頬をスリスリする。


激甘な父親だ。


「あれえ、おかあしゃまは?」


ネスは困った顔になった。


「ごめんよ、ティア。


リーアは今夜、お祖父じい様の家にお泊りなんだ」


デリークトの公爵様が体調を崩していて、様子を見るため一泊することになったそうだ。


「公務のほうは引退してるから妹婿おじさんががんばってくれてるんだけどねえ」


あの国は元々、人族の他に獣人等の亜人が多かったけど、最近はエルフの勢力が増している。


引きこもりだった森からたくさんのエルフが中心地に出て来ているという。


「まだまだエルフを危険視する者、人族を敵視するエルフも多いから」


公爵様も大変だ、とネスはため息を吐いた。




 結局リーア様がいない分、父親であるネスがティア様をいっぱい甘やかせて何とか誤魔化していた。


夕食は湖の傍の塔に国民全員が集まって食べる。


といっても全部で二十名くらいだけど。


そこでも皆がティア様を代わる代わる構い倒す。


「そういえば、昼間来た手紙って何だったの、ですか?」


僕は、ちょっと気になってたことをネスに訊いてみた。


「ああ、あれな」


ティア様は、お気に入りの砂トカゲ族のソグさんの肩の上に乗ってご機嫌だ。


僕はそれを横目で見ながら手早く食事を進める。


「他国に嫁いでる妹が砂狐の子供を以前から欲しがっててな」


でもネスの妹がいる国は一年の半分が雪に埋もれる寒い国だったはず。


そんなところに砂漠に住む砂狐が適応できるとは思えないよね。


ずっと断っていたけど、アブシース国の外交を任されている第四王子、ネスの弟からの手紙が届いたそうだ。


「調教師っていうか、魔獣の世話係りをこっちに寄越すって言って来た」


その人が直接判断することになったらしい。


「そうなんだ、ですか」


いくらその人が優秀な魔獣調教師でも無理なんじゃないかな。




 翌日、リーア様が帰って来られたので、僕はティア様のお守りから解放された。


従者見習いとはいっても、そんなに特別はな仕事があるわけじゃない。


国王一家から声が掛かるまでは他の事をする。


 人が乗れるほど大きくて砂漠に適応した魔鳥の世話。


卵の回収、餌やり、鳥舎の掃除は、ミーアが手伝ってくれたので少し早く終わった。


 昼食の後は砂狐たちの様子を見て回り、困っていることがないか訊く。


畑や町の周辺の見回りついでにミーアの魔法の練習に付き合う。


「こう?」


砂族の遺跡跡の岩に座って、ミーアが砂を動かすのを見ている。


「うんうん、上手だ」


「サイモン、適当に見てたでしょ」


褒めたのにちょっと睨まれた。


「そんなことないない」


「もうっ」


ミーアの怒った顔は珍しいな。


それだけ真剣だったのか、いい加減でごめんなさい。




 彼女は母親であるサーシャさんに似てきたと思う。


将来はきっと美人になるだろうな。


きちんと手入れされた砂色の髪は緩くうねり、背中の真ん中辺りまで伸びている。


砂色の瞳は大きくて鼻筋も通っているし、肌は焼けているけど荒れてない。


十分良い生活をしているのが分かる。


仕立ての良い服も着ているしね。


「私が砂の魔法を使うと、ミラン様は喜んでくれるのにお父さんは嫌な顔をするの。


どっちが本当の父親か分からないわ」


魔法の訓練をしながらミーアがそんなことを言い出した。


母親の再婚で彼女は地主の娘になったけど、本当の父親はデリークトの砂族の村出身だ。


 砂族は長くしいたげられてきた歴史がある。


だから彼女の父親は娘が砂族らしくなることが心配なんじゃないかなあ。


「そこはほら、大人の事情ってやつさ」


僕がそう言うとミーアはため息を吐く。


「そうね、ミラン様だってお母さんの前で継子ままこを無視したり出来ないものね」


僕は苦笑いするしかなかった。




 ミーア母娘は砂漠で行き倒れになっているところを助けられた。


二人で隣国デリークトの砂族の村から逃げて来たそうだ。


当時は知らなかったけど、最近、その辺の事情も少しづつ話してくれる。


「私のお母さんはお父さんのこと好きじゃなかったみたいなの」


血を絶やさないために同族婚させる少数民族は多い。


「お父さんはずっと出稼ぎに出てて家にいないことが多かったから」


ミーアもあまり遊んだ記憶が無かった。


それが彼女が五歳になった頃、父親が出稼ぎ先に呼ぼうとしたそうだ。


「お母さんは一緒に住むのが嫌で先延ばしにしてたんだけど、お父さんが私だけでもって連れて行こうとしたの」


男親だけで育てられるほど稼いでもいなかったのに、それは無謀なことだった。


「お母さんも君を連れて砂漠を渡ろうとしたんだ。 お互い様だよ」


僕は死にかけた母娘の姿を見ている。


正直、ミーアの両親はどっちもどっちだと思う。




「ま、他人ひとんちのことは言えないけどね」


僕の父は砂族としては高貴な血なんだそうだ。


でもサーヴの町があるアブシース国の砂族は、長く亜人扱いをされていたため砂漠の町はすでに存在していなかった。


皆、国中に散らばり、砂族であることを隠して生きていたんだ。


うちの両親もアブシース国の王都で働いていた。


僕をサーヴの町の浮浪児たちに預けて。


 そんな僕に魔法を教え、砂族として生きられるようにしてくれたのがネスだ。


砂狐のアラシにも会わせてくれた。


「僕は、僕の一生をかけてネス国王に仕えるつもりだ」


ミーアは黙って僕の話を聞いていた。




 そろそろ陽が傾き、僕たちは湖の塔へ帰ろうと歩き出す。


「私ね」


ミーアは僕の服を掴んで足を止めた。


アラシも止まって僕を見上げる。


「なに?」


僕はゆっくり彼女を振り返った。


「ここに住みたい、サイモンと一緒に」


夕陽のせいか顔が少し赤い気がするけど、ミーアの目は真っすぐに僕を見ている。


僕は少し考えてから答えた。


「ネスに相談しよう」


確か移民は受け入れてるはずだから、きっと大丈夫だと思うけど。


「……うん」

 

うつむいたミーアは僕の服を掴んだまま、ゆっくり歩き出した。


 夕食の時、僕はネスにミーアの話をしたんだけど、


「そりゃ、ミーアちゃんがかわいそうだわ」って、言われた。


なんで??。


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