二重人格王子・外伝 1 ~異世界から来た俺が国王になって五年が経ちました~
さつき けい
第1話 砂漠の王の従者見習い 1
僕の名はサイモン。 今年で十ニ歳。
人族だけど、砂色の髪と瞳が特徴の砂族っていう砂漠で生活するのに適した民族のひとりだ。
今は砂漠の真ん中にある小さな小さな国に住んでいる。
ちょっと変わった王様が建国して五年目。
僕はその王様の一番近くに仕える従者志望なんだけど、まだ未成年だから『見習い』なんだ。
国民は砂族の他に、普通の人族もいるし、亜人って呼ばれる人族以外もいる。
産業は砂を材料にしたレンガや石材、ヤシとか砂糖の原料になるサトウキビモドキっていう砂漠に強い作物を作っている。
それと、家畜として大型の魔鳥や、仲間として砂狐も一緒に暮らしているんだ。
僕が相棒である小金色の砂狐のアラシと町の外で畑を見ていたら、誰かが近づいて来た。
「サイモン、頼みがある」
「あ、ネス国王へーか」
ちょっと冗談っぽく返事をすると、まだ若いこの国の王様に顔を顰められた。
「あのな、いつも言ってるが俺自身はそんなに偉くないから」
そう言って黒い髪を掻き上げる。
数年前、ある旅人が砂漠の隣にあるサーヴの町にふらりと現れた。
深くフードを被り、赤いバンダナで口元を隠したその姿は誰が見ても
当時、僕は港町サーヴの浮浪児で、二人の友達と一緒に古い教会に身を隠していた。
その教会に、旅人だった彼を泊めたことがきっかけで友達になったんだ。
今の国王とはそれ以来だから七年近い付き合いになるね。
「いつも通りネスでいいよ」
黒髪の国王様は、出会った頃は生まれつき声が出ない呪いに掛かってたけど今は普通に話せるようになっている。
前は魔道具を使って話をしてたんだけど、同じ声だったから僕には違和感は無い。
「あのねー、そんな訳にはいかないよ。 だって国王様なんだから」
そう言って呆れて見上げると、ネスはため息を吐いた。
様とか陛下とか呼ぶと本当に嫌そうな顔するんだよね。
だけど、従者志望の僕は上司にあたる文官のパルシーさんから厳しく指導されている。
従者になるためには礼儀作法は絶対必要だって。
「せめて金髪の時だけにしてくれ」
そう言って、ネスは片手でスッと耳飾りに触れた。
目の前で黒髪と黒い瞳が、一瞬で金髪と緑の瞳に替わる。
「ややこしくてすまない」
声は変わらないのに表情が引き締まり、雰囲気ががらりと『王族らしく』なる。
実はこの王様、二つの魂を持っているんだ。
最初は驚いたけどワケありだってことは気付いていたから、すぐに皆に受け入れられた。
黒髪は平民、金髪は王族。
本当は姿なんてどちらでも構わないらしい。
でも、僕たちが混乱しそうな時は見分けがつくように姿を替えてくれる。
エルフの血を引いているという金髪の国王様の美しさには僕でもちょっとふわっとするけどね。
「申し訳ないが、子守りを頼みたい」
「はい。 王女様はどちらに?」
「地下のほうにいるはずだ。 これから出かけるので、しばらくの間、頼む」
「分かりました」
僕は頷いて簡単な礼を取り、アラシと共に駆け出した。
砂漠の町は地下にある。
町の地上部分にある家は仮の建物で、中に入るとほとんどが地下につながっているんだ。
僕は地下の町に続く坂道を下り、砂が入り込まないようになっている扉を開いて中へ入る。
地下街の広い通りの真ん中で、王妃であるリーア様と一人の女の子が立ち尽くしているのが見えた。
「やーんやーん」
ティアと呼ばれる二歳になる王女ティリシア様は、ふるふると母親と同じ黒い髪を振っている。
「あ、サイモン」
現在、王妃様は第二子を身ごもっていて、今日は医療施設へ行く日だった。
隣国デリークトの公爵家出身のリーア様は、デリークトの医療施設に知り合いが多いので出産は実家に帰ることになっている。
今日は間近に迫った出産予定の打ち合わせらしい。
「すぐに戻ります。 サイモン、お願いしますね」
「はい、リーア様」
僕は王妃様に対して礼を取ると、しゃがみ込んで幼い王女様と視線を合わせる。
「ティア様、アラシと一緒に遊びましょ」
アラシも尻尾でふわりと王女様の身体に触れた。
「うっ、うん」
幼い王女様は涙を溜めた黒い瞳で僕とアラシを見る。
僕はティア王女様と手を繋いで立ち上がり、リーア王妃様と一緒にネス国王様の元へ向かった。
国王夫妻が転移魔法で出かけた後、僕はティア様と砂狐たちの所へ行くことにした。
砂漠の町の一角にある湖。
そこにはヤシの木が並んで木陰を作り、一部に砂狐たち用の小屋がある。
現在、この国に住んでいる砂狐は数匹程度だ。
砂漠の山側にある崖の上には砂狐の大きな群れがいて、年に何匹かがそこから出産のために下りて来る。
その母親狐をこの町で受け入れ、子狐がある程度大きくなるまで預かっているんだ。
「キューン」【サイモン、ティア、いらっしゃい】
ネスの相棒である白い砂狐のユキが出迎えてくれた。
ユキも二回目の出産をしたばかりだ。
その足元には同じ白い毛並みの子狐がいる。
砂狐は魔獣なので、砂族や魔力を持つ者とは言葉が通じる。
「ふえーん、ユキー」
ティア様は、両親が自分を置いて出かけたことを訴えながらユキに抱きついた。
ユキはまるで自分の子供のように優しく受け止める。
僕と小さな王女様は、子狐たちとコロコロとじゃれ合って時間を過ごした。
やがて、お昼寝の時間になる。
「ふう、やれやれ」
ヤシの木陰でティア様を寝かしつけ、僕は自分も木に寄り掛かって座り込む。
「ふふっ、ご苦労さまです」
そこへ砂色の髪をした少女が顔を出した。
彼女は隣町サーヴに住む砂族の少女ミーア。
僕より年下で、サーヴの町の地主ミラン様の奥さんの連れ子だ。
「ミーア、一人で来たのか?」
「ううん、クロとトニーお兄ちゃんと一緒だよ」
黒い砂狐のクロはユキの
クロとトニーは何日かに一度、サーヴの町から日用品や食料などの荷物の運んで来る。
「そっか、それなら手伝いにいかないと」
僕は立ち上がってティア様を背負い、町に戻った。
砂漠の国は小さくても強固な結界に囲まれている。
湖の周辺は誰でも入れるように結界外だけど、基本的に住民に危害を加える恐れがある者は町には入れないようになっていた。
ティア様を地下の家に寝かせて見張りをアラシに頼み、僕とミーアはトニーの元へ急いだ。
「トニー、手伝うよ」
「お、頼む」
地上部分にある広場。
ぽつぽつと小さな家が集まった地域の中心部が荷物の受け付け場所になっている。
すぐ下に地下倉庫があるからだ。
荷物は魔法収納の鞄に入れて運ばれてくるので、大荷物があるわけじゃない。
ただ、その地下倉庫の扉は砂族の魔力に反応して開閉するから、僕みたいな砂族の者が立ち会う必要があるんだ。
「皆、元気?」
僕は荷物の整理を手伝いながら、両親が住んでいるサーヴの町の様子を訊く。
「まあね、人は増えたけど
倉庫の中で、次々と鞄から出した物資を棚に移していく。
それが終わると、ティア様が寝ているネスの家にトニーたちと入る。
日頃から住民たちにも自由に出入りが許されている広い部屋があり、そこで手紙や書類を分類するんだ。
「これはー」
きらびやかな目立つ封書が一つ。
僕とトニーは眉を寄せ、ミーアは首を傾げる。
「なあに、それ」
「正式な他国からの書状だな」
トニーの言葉に僕は頷く。
「またネスに無理難題を吹っかけてきてるのかな」
中身を確認することは出来ないけど、ネスが国を造ってから時々こうした手紙が届く。
「ネスってだれにでも優しいっていうか、お人好しだから」
僕とトニーは顔を見合わせて、ため息を吐いた。
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