ずっと逢いたかった

第114話 岩と紋様

 その場にいた六人が光に包まれ、村から姿を消した。

 同じ頃。瘴気が薄れて消え、五十鈴は隠れる必要がなくなったと判断して立ち上がる。目の前には無残に破壊された建物と凸凹の地面があるだけだ。

「晨、宵? みんな、何処に……」

 荒野にも近い村の中で、ただ五十鈴の声だけが空しく響いた。


「───っ。落ち着いた、か?」

 眩しさが薄れ、須佐男はゆっくりと瞼を上げた。近くには温羅と大蛇、そして晨と宵が倒れているのが見える。

「うっ……?」

「温羅、大丈夫か?」

「ああ、須佐男か」

 軽く頭を振って腕を支えに上半身を起こした温羅は、周りを見渡して呆然と呟いた。

「ここは……何処だ?」

「は? 何言ってんだ。ここは村の───?」

 温羅がボケたのかと笑おうとした須佐男だったが、彼と同様に周りを見渡して言葉を失った。

 彼らの周囲に広がっていたのは、だだっ広い大空だ。足下には雲が漂い、遠過ぎる程遠い地面の様子は確認出来ない。

 須佐男たちはそんな空の上に、床もないのに倒れ伏したり立ったりしているのだ。しかも落ちる気配はない。

「どうなってんだよ」

「わたしが知るはずないだろう……。っ、兎も角阿曽を」

「須佐男、温羅……?」

 阿曽を探そうと須佐男の背中を押そうとした温羅の耳に、大蛇のぼんやりとした声が届く。更に晨と宵も目覚めたのか騒いでいた。

「おいおいおい、何だここ!?」

「空の上か?」

「空の上……? 須佐男、温羅、これって」

 確かめるように立ち上がった大蛇が、不安げな瞳を二人に向ける。彼の問いに、須佐男たちは明確な解答を渡せない。

「どうやら空の上ってのは間違いなさそうだ。だけど何故ここに飛ばされたのか、というのは不明だな」

 高天原でもないのだから、ここは単に空の上だ。高天原は、空と同じ場所にあって同じ場所にない。

 須佐男の幾分冷静な言葉に、大蛇たちは無言で頷く。そして、兎も角阿曽を探そうということになった。

 空の上を歩くというのは、奇妙な感覚だ。確かに歩けるのだが、足下には固い地面がない。

「阿曽ー?」

「阿曽、何処だ」

「おーい、阿曽!」

 阿曽の気配を探りながら、五人は五通りの方向に進んでいく。それぞれに阿曽の名を呼んで、まだまだ頼りない仲間の行方を捜索する。

 しばらく途方もない空間を歩いていた温羅は、遠くに見慣れた黒髪が見えて駆け出した。

「阿曽っ!」

「……うぅ」

 温羅が阿曽の傍へと駆け寄ると、阿曽がうつ伏せから立ち上がろうとしているところだった。手を貸そうとした温羅だが、何かが阿曽の腕から落ちて瞠目する。

「傷が、開いている……」

「温羅さん。平気、です」

 人喰い鬼との戦いで負傷した腕の傷口が大きく開き、血が流れているのだ。その痛々しさを見た温羅の眉間にしわが寄り、阿曽は傷口を手で押さえて苦く笑った。

「これくらい、ほっとけば治ります」

「治らずに熱を出してただろう、さっきまで」

 呆れた温羅は衣の端の生地を破り、血止めの為に阿曽の腕にきつく巻いてやった。

「ありがとう、ございます」

「全く、無茶をするのが普通ではないよ。わたしたちも言えたものではないけど、阿曽も無茶はしないで欲しい」

「それ、そのまま返しますよ」

「だろうね」

 小さく笑い合い、緊張しかけた空気が和やかになる。

 改めて自分たちが大空の上にいることを確認した阿曽は、ふと気配を感じて振り返った。しかし、そこには何もいない。

「阿曽?」

「どうした?」

 須佐男と大蛇、更に晨と宵もやって来た。それぞれに不思議そうな顔をしている。晨と宵が同時に同じ方向に首を傾けたのは、双子だからだろうか。

 阿曽は「いえ……」と言い淀み、何でもないと答えようとした。

 しかし、それよりも前に須佐男たちが何かに気付く。緊迫感が跳ね上がり、温羅が阿曽を庇うように前に立つ。

「須佐男、大蛇」

「ああ。……何かいるね」

「何だ、この気配。二つの気配が入り雑じって分かりにくい」

 須佐男は剣を構え、一振りした。その斬撃が何もない宙を進み、やがて何かにぶつかり弾けた。

 ───ゴッ

「ゴッ?」

「何かある、みたいだね」

 阿曽が身を乗り出すと、温羅が横に避けてくれた。

 六人は身構えを解かないまま、音のした方へと駆け出す。そして、目の前に浮かんでいるものに唖然とすることになる。

 先頭にいた双子が、お互いに言い合う。

「何だ、これ……」

「わからない。……岩の塊?」

「おい、宵。不用意に手を伸ばしたらダメだよ」

 大蛇に注意され、宵は伸ばしかけた手を引っ込めた。

「でもこれ、何だ?」

「……大きな、石?」

 阿曽も見上げて目を丸くする。

 彼らの前に浮いているのは、地面に垂直な細長く茶色の岩の塊だった。丁度、須佐男と同じくらいの大きさがある。

「でも、ここから気配がします」

「阿曽、不用意に触れた、ら……!?」

 ───パシュンッ

 阿曽の手が岩に触れる一秒前。つまり、二つの距離が指一本分くらいになった時。突然間に紋様が現れた。

 太陽の紋様を唐草紋様が覆っているかのようなそれは、くるくるとその場で回転する。

「これは……?」

「唐草紋様ってことは、人喰い鬼に関係するのかもしれない」

 気を取り直した温羅が、須佐男と双子を振り返る。三人も目を見張っていたが、温羅の視線に気付いて一歩前に出た。

 須佐男が阿曽の隣に立ち、紋様に顔を近付ける。

「唐草に隠されてるが、これは太陽か? 太陽と言えば姉貴だけど、ここでは関係ないよな。姉貴は高天原にいるし」

「それを言うなら、おれたちの父親も関係ないだろ。死んだし、人喰い鬼も右に同じだ」

 晨が言い、宵は頷く。

 一行が答えに詰まる中、ふと大蛇が顔を上げた。

「──そうか。封じられているんだ」

「あっ!」

 大蛇の一言を受け、阿曽も気付く。そして、順にその気付きが伝播した。

「成る程な」

「そういうことか」

「じゃあ、これが本当に最後か」

「阿曽。日月剣ひつきのつるぎを」

 須佐男に促され、阿曽は頷く。腰に佩いた剣を抜き、真っ直ぐ正眼に構える。

「やあっ!」

 浮かび上がった紋様を貫くように、剣を突き刺した。

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