第113話 光の暴走
阿曽から溢れ出した光は、
──ギ……ギィィッ
水中で溺れるかのように、紋様が苦しむ。同様に、村長も貫かれた横腹を押さえて脂汗を浮かべた。
「何、だ……この、眩しい光は!?」
「……阿曽」
炎と水をも凌駕する光の海に、温羅たちも唖然とする。彼らの視線の先には小柄な少年が立っていて、大きく肩で息をする後ろ姿がある。
「はぁっ、はぁっ……つっ」
ドクンドクンと耳元で鼓動が鳴る。その大きさと激しさが、阿曽の中の力を増強させていく。
視界は普段より明瞭になり、村長と紋様の動きがゆっくりに見える。
「……っぁ、はぁっ」
無意識に操られるようにして、阿曽の両腕が挙がっていく。乱れた呼吸を整えようにも、体が興奮しているのかうまくいかない。
苦しくて、体を曲げて座り込みたい衝動に駆られる。しかし阿曽の体はそれに抗い、真っ直ぐに立って手のひらを村長に向けるのだ。
(このまま放てば……終わる)
手のひらに何かが集まっていく。それは怜悧で、冷酷な
阿曽の瞳が黄色ではなく金色に輝き、光は冷たさを増していく。
そう、放てば終わるのだ。阿曽という少年の自我を含む、全てが無に帰す。
心の何処かで、本当の阿曽が悲鳴を上げる。消えたくない、死にたくない──みんなと生きたいと叫ぶ。
しかし表面に出ている『阿曽』はただ冷静に、目の前の敵を殲滅しようとしていた。
「……おい、あれは何だ?」
「少なくとも、阿曽ではない、よね」
阿曽の異変に、仲間が気付く。須佐男と大蛇が言い合い、晨と宵が刃撃を放つが、壁のような透明なものに跳ね返された。
「ちぃっ」
「おい、あれは誰だ!? 阿曽じゃないぞ」
「知ってる!」
須佐男は粗っぽく応じ、ギリッと奥歯を噛み締める。
「あれは、あの力は……天津神の力に酷似してる」
天照が本気で力を発したことは、一度だけあったと思う。それがいつかという問いには答えられないが、須佐男は今の阿曽と同じような圧迫感を感じた経験があった。
須佐男の呟きに、温羅は目を見開いた。
「天津神って……阿曽は神じゃないだろ」
「そうだ。だけど、血を受け継いでいる」
誰の血か、それは周知の事実である。
この場の何処かに封じられている阿曽の父──
五人が力の正体に気付いたのと時を同じくして、阿曽の力の出力が跳ね上がる。
最早暴風のように暴れ回る光の渦を前に、須佐男はふと父が日子を封じた理由の一端に思い当たった。
「確かにこんな力を見せ付けられたら、あいつなら怒り狂うだろうな」
中つ国を始めとした世界を、
どんな闇をも祓い浄め、凌駕する光を司る子ども。日子と名付けられた
母は危険を感じ、高天原から中つ国へと子を逃がす。しかし、父の怒りと憎しみは簡単には消せなかった。
やがて探し出された青年は、
「う……あぁ」
「阿曽!」
光を発し続ける阿曽の様子がおかしい。目の焦点がぶれ、うわ言を呟く。全身が痙攣し、苦しげに息をする。
「あいつに何が起こってるんだ!」
吠えるように問う大蛇に、須佐男が大声で返す。
「力が、体の許容量を超えている。あのままじゃ……壊れるぞ!」
壊れる。人の体が壊れるとはどういうことか。
言葉を理解し、須佐男以下五人は青ざめた。
「させ……るかっ!」
温羅の炎がうなり、燃える花が阿曽の光の刃を弾く。更に大蛇の水流が阿曽の体を拘束し、晨と宵が阿曽の手を下げさせようと力一杯に引く。
しかし阿曽の力は弱まるどころか増加し、仲間を弾き飛ばそうと暴れ回る。
「ちっ。……絶対離すかっての」
「簡単には、離れないよ」
「宵、絶対逃げんなよ」
「こっちの台詞だ、晨」
四人が阿曽にかかっている間に、須佐男は未だ動けずに逃げ出せない村長のもとへと近付いていく。
その行為は、阿曽の射程圏内に入ることを意味する。自分を上回る天津神の力に恐ろしさがないわけではなかったが、そんなことよりも今は大切なことがあるのだ。
「はっ、はっ……何用だ」
「虫の息だが、流石は父上の切り札だな。……お前に尋ねたいことがある」
あえて人喰い鬼を父と呼び、須佐男は村長をじっと見詰める。腹の斬られた部分から瘴気を出し、力の弱まった村長は、諦めを漂わせて須佐男を見上げた。
「何だ」
「天岩戸は何処にある?」
須佐男の問いを聞き、村長の肩がびくりと跳ねる。
「聞いて、どうする」
「兄貴を引きずり出す。出して、阿曽を止めさせる」
阿曽を消し去る勢いの力は、日子のものだ。それを止めるには、力の源をどうにかするしかない。
「ふんっ、良いだろう。私も、もう消えるだろうからな」
パラパラと村長の腹部から欠片が剥がれ落ちる。それは地面に着く前に消えていき、阿曽の力の中に天恵が混ざっていることがわかる。
村長はゆっくりと右腕を上げ、その先の人差し指を伸ばす。指が示す先を見て、須佐男は息を呑んだ。
「どういう、意味だ?」
「天岩戸は、あの子どもの足下から行ける。名の通り、
「足下、か」
須佐男が視線を動かすのと、村長が最期の力で紋様を出現させたのはほぼ同時。
「須佐男ッ」
「なっ!?」
流石の須佐男も躱すことが出来ず、村長はニヤリと嗤った。そして、渾身の力を籠めて刃を翻す。
「死ねっ――――何ッ!?」
唐草紋様の帯は須佐男に突き刺さることはなく、矢に射られて刃に斬り捨てられた。瞠目した村長が見れば、自分が捨てた双子が須佐男を守るように立っている。
「晨、宵……助かった」
背中しか見えない双子に、須佐男は素直に礼を言う。二人は振り返らずに「間に合ってよかった」と口にした。
そして、矢をつがえて剣を構える。二人の目の前には、足までが消失した父がいた。
「さよならだ、父上」
「あんたの子でなければ、きっとおれたちはこいつらに出逢えなかった。そこだけは、感謝している」
「だけど、親子という絆は絶たれた」
「強いられた絆ではなく、おれたちは自らの意志で結び付く仲間と出逢ったんだ」
一切の迷いのない二人分の瞳が、村長を射る。村長はそれを受け止め、目を閉じてぼそりと呟いた。
「……そうか」
たった一言だ。そしてそれを最後に、村長の姿は透明になって消えた。
「……」
「……」
双子は父だった者の最期を見届けたが、何も言葉を発しない。須佐男が双子に声をかけようとした瞬間、背後で膨大な力が発生した。
「う、らさ……、おろ、ちさ……すさ……」
三人の名を呼び、苦しむ阿曽。更に晨と宵の名を口にしようとしたが、唇が動くだけで音にはならない。
阿曽を拘束する大蛇は、光の抵抗に自分の力が押されているのを感じてぎょっとしていた。また温羅は、数個に一個が炎を貫くようになった光の刃に目を疑った。
五人は今までにないほど焦っていた。目の前で人喰い鬼が残した切り札は消えたが、新たな難題が展開されているのだ。
目に涙をいっぱいに溜めた阿曽と目が合った須佐男は、一か八かを賭けて声を張り上げた。
「阿曽、力を全て地面に向かって撃て!」
―――カッ
焼き尽くされそうな程眩い光が満ち、須佐男たちは目を瞑った。
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